「むの字屋」で軽く一杯

■18/5/5 更新■ 最新のお酒>「王禄」の「渓」に化粧品の匂い






★阪神が優勝した日★15/9/15のお酒
 その日、あとから知ったのだが阪神が18年ぶりに優勝した日、大阪では、1世紀に一度しか優勝しないという今はやりのスローライフの先取りともいえるスローチームが、紀があけてたった3年目に奇跡を起こしてしまったために、現在生きているほとんどのファンが再びその美酒を飲むという希望が断たれ、阪神優勝という生き甲斐をもぎとられてしまったことから、阪神命で生きている人たちのうれし悲しの複雑な心境が爆発し、やけくそになって狂喜する図が展開されたという。
 庵主はその日、生ビールを飲んでいた。
 昼は、銀座の豚カツ屋「勝兵衛」のキリンの一番搾りを一杯。飲める。じつに飲みやすい味なのである。その酸味の出し方はピカ一である。
 夜は、曙橋の中華料理店「曙一番」のサッポロの生ビール。これも苦みがなく、すうーと喉を過ぎていく。
 そして、夜遅く、曙橋の中華料理店「和平飯店」の生。サッポロである。この店の生ビールもやっぱりうまいのである。
 庵主が、生ビールがうまいと思っている店を同じ日に飲み歩いたのである。
 野球では優勝祝勝会のときにはビール掛けが許されるとか。その日は奇しくもビールをあびるのにはふさわしい日だったとは後から知ったのである。それは庵主が東京で聞いた阪神優勝の余韻だったのかもしれない。


★うまい芝居を見たあとで★15/9/16のお酒
 芝居の毒の楽しさを見せてくれる未来劇場という劇団がある。
 鬼子母神にあるアトリエが、道路拡張のために移転を余儀なくされたということで、いま鬼子母神での最終公演をやっている。
 この芝居がいつになく長編なのである。ただ上演時間が長いから長編というのではなく、その息がそれだけの時間の長さを必要とする劇であるという意味で長編なのである。
 上映時間が90分の映画と2時間近い映画とでは劇の腰の座り方が違う。長い方はどっしり構えている。細部のセリフを生かしたい時にはそれが積もり積もってどうしても長くなってしまうのだ。
 芝居もそうである。客の想像力に任せるのではなく、作者の感覚を客にも共有してほしいとなると、ストーリー上はなくても全然かまわない細部のセリフをきちんと重ねていくことが必要になってくる。
 長い時間を見終えたときの疲労感が、どっと疲れを感じて厄落しの酒を飲みたくなるか、それがけだるい疲れに感じられてそのけだるさにもっとひたっていたい気持ちになっていいお酒を呑みたくなるかである。
 芝居がはねたのは10時20分過ぎだった。庵主はまっすぐうまい酒を呑みに向かったのである。



★酒のくりはらの拝観料は3000円★15/9/17のお酒
 庵主はそれを拝観料という。酒販店を訪れて、お酒を見せていただいたお礼に買ってくるお酒のことである。
 普段は300ミリリットル瓶の酒を買うことにしている。
 はっきりいって庵主は酒を瓶で買うことがない。量を呑む酒呑みではないので、四合瓶で買ってきても呑みきれないことが多いからである。
 乃木坂駅から赤坂見附に向かって歩いていたら「酒のくりはら」があった。「日本酒専門店です」とある。しかも「越乃寒梅」「久保田」「八海山」は特約銘柄と看板にある。
 拝見させてもらうことにした。
 上記の人気3銘柄を定価で売っているから実力のあるお店のようである。
 「山法師」とか「波瀬正吉」のビンテージものが並んでいた。うまそうな酒が気をひく。
 庵主が目をつけたのは「扶桑鶴」の純米だったが一升瓶では庵主は買えない。
 千円代で買えるお酒はないかと探してみた。いい酒が冷蔵庫で冷えていたがすでに呑んだことがあるお酒が多く、けっきょく拝観料として買ってきたのは「豊國」の「學十郎」だった。500ミリリットル瓶で3000円だったのである。



★ニュースぺーパー★15/9/18のお酒
 ニュースペーパーといっても新聞のことではない。時局コントをやって、広い会場を満席にしてしまうニュースペーパーのことである。
 新聞やテレビの建前ばかりの報道に飽き足りない人達が真実を聞きたくてやってくるのである。強い人や偉い人を笑いとばすという点では寄席のようなものである。知性と教養と権力者の振る舞いを笑いにくるところである。それを見ながら己の非力を泣きにくるところである。
 そのニュースペーパーの小屋が高田馬場駅の近くのわかりやすいようでわかりにくいところにあるとあるビルの地下にあって、夜な夜な酔狂な客を集めている。その客席に庵主がすわっている。
 二、三十人もはいればいっぱいになる会場である。いなかの寄り合いみたいな雰囲気である。客の顔がみんな見えるからである。
 入場料を払うと発泡酒が1缶付いてくる。それを飲みながら見るのである。トークショーのときには演者も飲んでいる。
 なんとなく秘密クラブみたいな気配なのである。
 冷えてはいるが味はやっぱりうまくない発泡酒を飲みながら、庵主がふだん飲まされている情報もまた発泡酒同様にうまいものではないと思いいたすのである。


★升藤酒店★15/9/20のお酒
 「倭小槌」(やまとこつち)がある。「宝寿」(ほうじゅ)がある。「帰山」(きざん)がある。「分福」(ぶんぶく)がある。キラリと光るお酒がさりげなく冷蔵庫の中に並んでいる。
 庵主の近くに宝の山があった。気がつかなかった。いや、気がついたのである。店頭のドアに「うまい酒 高知 高木酒造の高樹」という張り紙があったからである。
 「高樹」という庵主がまだ聞いたことのないお酒を自信をもってすすめているところに感じるものがあった。
 店頭の張り紙にオーラを感じたのである。
 拝観料は1197円である。
 分福酒造の純米大吟醸原酒「たぬき」300ミリリットル詰めを一本買ってきた。
 いい酒をこうして小瓶に詰めてくれるのは庵主にはありがたい。1升1万円の酒を買ってきて、口に合わなかったときには目もあてられないからである。
 「たぬき」の瓶には、裏ラベルの横に「升藤酒店」の店ラベルも貼ってある。
 その「高樹」を求めたところ、「うまいと好評で売り切れました」とのこと。気を引く酒屋なのである。升藤(ますとう)酒店は。
 


★お酒がうまいうどん屋★15/9/22のお酒
 そば屋、うどん屋、ラーメン屋にはいって飲むとしたらピールしかない。
 うまい日本酒を置いている店が少ないからである。時にはそれなりのお酒を並べている店もあるが、わざわざ呑むまでもない酒であることが多い。麺の魅力にかなわないことが多いからである。
 庵主の住いのそばにあるうまい蕎麦を食べさせてくれる蕎麦屋などは酒を頼むと「菊正宗」の一合瓶が出てくる。
 うまい酒を揃えましたといううどん屋が開店した。本場の讃岐うどんのうまさを堪能してもらいましょうというお店である。招待状を貰ったので酒の揃えに期待してごちそうになることにした。
 「竹鶴」純米、「義侠」純米生原酒、「悦凱陣」純米、「成政」純米吟醸、「王禄」辛口純米の5本である。お見事である。酒祭りにはそれぞれのお酒の特徴と1杯は150mlと明確に書かれているのがいい。どれもが呑みたい酒ばかりである。
 ここは香川の「悦凱陣」を呑むところなのだが、しかし、庵主は「義侠」を頼んでしまうのである。もちろんコップに半分でお願いした。量はいらない。讃岐うどんが主役の店である。が、その「義侠」がさすがにうまいのである。讃岐うどんのうまさに負けない。
 西新宿にうまいお酒が呑めるうどん屋ができた。いや、お酒もうまいうどん屋ができた。東京麺通団である。こんどは「成政」を呑まなきゃ。


★万叢緑中紅一点★15/9/25のお酒
  一面の緑の草むら(叢)の中にただ一つの赤い花。大勢の平凡な人の中にあってただ一つ輝いている異才のことだと思っていた。坦々としたところに突出して目につくものがある状態だと思っていた。
 紅一点は第一義には「多数の男の中のただ一人の女」である。当然庵主が思っていたような第二義があって「異才をはなつもの」とある。庵主愛用の「岩波国語辞典第三版」にである。
 誤植が多いことで有名な辞書であるが、それゆえに庵主は手放せない。愛用しているのである。
 たぶん庵主にとって紙に印刷した死んでいる辞書はこれが最後になるだろうと思っている。今後使うのは新語が常時更新され、用例が充実したオンラインで引く辞典になるだろう。辞書を作る人はデーターべースによる辞書を作ることを考えてほしい。よりくわしい意味を知りたいときは百科事典にリンクできるように、また逆引きができるなど多様性のある検索機能をもたせたものがほしい。いま生きている言葉の表現が知りたいのである。
 「紅一点」をこのような使い方をしている人がいるという実例がほしいのである。
 2段組362ページの長編小説の中にただ一か所日本酒の酒銘が出てくる。程良く冷えた「〆張鶴」の吟撰(吟醸)である。万叢緑中紅一点。庵主はそこに目がいくのである。なぜ「〆張鶴」なのかは本を読めばわかる。
 香住究著「連鎖破綻」(ダイヤモンド社刊1700円税別)である。



★静岡地酒祭り★15/10/2のお酒
  10月1日に沼津で開かれた「静岡地酒祭り」は盛況だった。人気の高い会だけに、庵主はやっとのことでチケットを手にいれて静岡の酒を呑んできた。着席でゆっくりお酒を味わえるのがいい。
 呑みたいのはやまやまだったが、「開運」「磯自慢」「初亀」「志太泉」「正雪」「花の舞」といった東京でも呑めるお酒を横目に見て、「小夜衣」(さよごろも)「國香」(こっこう)「金明」(きんめい)、「出世城」(しゅっせじょう)といったなかなか呑む機会のないお酒を呑むことにした。
 やっぱりいいのである。期待どおりにいいのである。うまいのである。この信頼性が庵主が静岡の酒をすすめる所以である。
 その静岡の酒を育てたといっていい河村傳兵衛先生の姿も会場にあった。その情熱に蔵元さんが応えて今日のうまい静岡の酒を、そして蔵元の個性がはっきり味わえる静岡のお酒を造り上げたのである。
 静岡の酒の実力をしっかり確かめてきた。
   いけない、呑みすぎてしまった。静岡の酒の唯一の欠点はつい呑みすぎてしまうということである。
 


★「開春」を呑む★15/10/6のお酒
 島根県温泉津町と書かれても、温泉津が読めない。「ゆのつ」と読む。「開春」(かいしゅん)を醸す蔵元がある町である。
 東京に住んでいる庵主にとっては鳥取県とか島根県というのはなじみのうすい県である。知り合いもいなければ、用もない。だからその風土のイメージがわいてこないのである。で、そこからやってくるお酒のうまさで庵主は島根を、鳥取を知るのである。
 島根というと出雲大社を思い出して古代・神話の世界に閉じ込められた古くさい世界を思い浮かべてしまうが、しかし、「開春」の味わいに存外モダンな島根の気風を知るのである。
 酒だけで呑んでもうまい「石のかんばせ」と、食事の味わいとともに呑み続けることができる「開春龍馬」、3年熟成させても味がきりっと締まっている「亀五郎」と、明確に味わいの違いを感じることができるお酒を造り分けてくる。
 そして+14の「山田錦超辛純米」の呑みやすさに庵主は感心した。だいたい日本酒度で+8とか、+10とか、+12といった辛口の限界を超えている(庵主にとっては)冗談酒は呑んでも味わいがペラペラで、うまくもなんともない、つまらない味の酒だと思っているのだが、この+14はそんな超辛口のイメージを打ち破るうまい超辛口なのである。「開春」の技をそこに見たのである。
 


★庵主は箱は呑まない★15/10/9のお酒
  百貨店で。
  「ご贈答用でしょうか、それともご自宅用ですか」
  「自分用です」
  「お箱が用意できますが」
  「箱はいりません。包み紙や紙箱や瓶は呑みませんから、中身だけで、簡単な包装で結構です」
 


★福島のお酒は地味★15/10/11のお酒
 福島美酒めぐり2003かぐや姫ファンタジーが10月9日に開催された。福島県の26の蔵元が出展している。
 もらったパンフレットの中にアンケート用紙がはいっていたので、呑みおわったあとで感想を書いて出す。
 「福島の日本酒を飲んだ印象は」という設問があって、回答にはいくつかの選択肢があるが、その中に「地味である」というのがあったので、庵主はためらわずその「地味」に○をつけた。ご本人のほうがよくわかっているのである。
 出展している蔵元のほとんどはいまだかつて庵主が呑んだことがない蔵元なので興味津々である。
 「豊国」(とよくに)「弥右衛門」(やえもん)「國権」(こっけん)「福賑栄」(ふくにぎわい)などを呑んでみる。
「豊国」の純米大吟醸中汲みや「弥右衛門」純米吟醸生熟など光るお酒がいくつかあったが、全体的な印象ではむかしながらの味わいのお酒が多いようである。地元で売れるお酒と東京で庵主のような酒呑みが好むお酒の味わいの違いである。
 その点、「末廣」とか「大七」は味わいの造り方が上手なのがわかる。
 東京で人気の「飛露喜」が出展していなかったが、感じるところでもあったものか。


★+14は「喜楽長」から「開春」へ★15/10/14のお酒
 久しぶりに「喜楽長」の超辛純米を呑む。日本酒度が+14である。そもそも庵主の口に合う酒ではない。辛すぎる。
 が、以前呑んだ「喜楽長」の+14の味わいには、辛口にもかかわらず辛口酒のそっけない味をうっすらとオブラートをかけたようなうまさが包んでいて、まずは呑ませるだけの芸があった。が、今度呑んだそれはラベルも変わったが、あの辛口酒に浮かんでいたうまさも消えてしまっていた。本来の辛口の酒に近づいていたのである。それは庵主の好みから遠ざかったということである。
 そして、それに代わって出てきたのが「開春」の山田錦超辛純米である。+14である。こちらもたしかに辛口であるが、「喜楽長」のオブラートのようなうまさをかぶせた味わいではなく、辛口の酒の中に辛さを感じさせないような柔らかさをまぜたような味わいなのである。作風がちがう+14なのである。両者を呑み比べてみるとおもしろい。そんな機会はないだろうが。
 いまは「開春」の方が庵主には呑みやすい。いずれにしてもそんな辛口の酒を、庵主は呑みたいとは思わないが。


★あれっ、税金にまで消費税がかかっている★15/10/20のお酒
 本を整理していたら1986年に出版された酒の本がでてきた。まだ日本酒に特級、一級、二級の別があったころの本である。
 酒税は一升瓶で特級は1027円、一級は503円、二級は194円とある。そのころラベルに税額を表示した酒があったことがわかる。
 で、時代は現在に飛ぶ。消費税である。酒販店で酒を買うと、小売価格に5%の消費税が加わるが、酒の小売価格の中には酒税が含まれているのだから、小売価格の5%を消費税額として計算すると、酒税額にまで消費税を払うことになるからおかしいのではないかというのが庵主の疑問である。
 一升2000円のお酒に仮に300円の酒税が含まれているとしたら、消費税は1700円の部分にかけるべきで、酒税額である300円に消費税をかけるのは間違っていると思いませんか。庵主は酒税は消費していない。それを消費(浪費かな)しているのはお役人たちのほうでしょう。
 ちなみに軽油を買うときにはちゃんと小売価格から軽油税を除いた金額に消費税をかけているではないか。
 税務署は、「酒税を負担する飲兵衛から酒類の消費税の徴収について当局の見解とは異なる指摘があり、今回は担税者の指示にしたがって、今後酒類の消費税についてはその酒税額にまで消費税を加算して徴税することはやめることにしました」との見解を示してほしいのである。


★頑張れ! 日本酒 IN 名古屋★15/10/23のお酒
 名古屋の日本酒も意気軒昂である。
 名古屋の酒販店「酒泉洞堀一」が10月19日に「頑張れ! 日本酒 IN 名古屋」というイベントを開催した。
 目利きである「酒泉洞」の小久保喜宣さんがこの日会場で紹介したお酒は「楯野川」「酔芙蓉」「天明」「斬九郎」「奥」「開春」「貴」の七蔵。
 いろいろお酒を呑んでいると、酒銘を見ただけで、呑みたい酒と呑まなくてもいい酒がなんとなく判るようになる。この蔵の揃えは一目見て気になる酒ばかりである。
 呑斉先生(高瀬斉先生)の講演があるので、庵主は思い立って名古屋に赴(おもむ)いた。
 会場内は満員の盛況である。知っている人はちゃんと知っているのである。日本酒がうまいことを。そして、知らない人は知らないのである。日本酒のうまさを。
 「貴」の永山貴博さんが「この3月に『貴』が雑誌『dancyu』(だんちゅう)でとりあげられましたが、その前から酒泉洞さんが扱ってくれました。小久保さんの目の高さに感服しています」と挨拶していたが、たしかに「貴」の「純米吟醸雄町生」(参考出品)は、今回試飲することができた充実した味わいの酒の中でも白眉だと庵主は感じたものである。こういうお酒にめぐりあえるから日本酒がやめられないのである。
 電車賃かけて名古屋までいって元をとってきたのである。


★秋の夜長に燗酒を楽しむ会★15/10/23のお酒
 燗酒の季節である。もちろん、いいお酒は冷や(常温のこと)で呑んだほうがうまいのだが、あっためて呑むお酒もまた心温まるものがあるほのぼのとした呑み方である。
 が、燗にしてうまい酒というのがなかなか出会えない代物なのである。が、が、燗にしてうまいお酒を呑んだときのなんともいえないあの心にまでしみてくるぬくもりの味わいは病み付きになる魅力を秘めている。
 いちど燗酒のうまさという快感を味わったら、また同じ悦楽にひたりたいという思いにかられて次の燗酒に期待するのだが、きまって裏切られるのである。この前の燗酒のうまさは幻だったのだろうかと、燗酒を呑むたびに失望の思いを味わされるのである。
 で、燗酒を呑んでみようという会があって、ひょっとしてうまい燗酒にめぐりあえるかもしれないというかすかな期待をいだいて参加してみた。
 出てきた酒は16種類である。庵主にはそのほとんどが冷やで呑んだほうがうまいと思われる酒だった。
 ぬる燗にして、呑んでうまいかなと思われたのは「呉春」の大吟醸と純米大吟醸の「亀の翁」だった。いずれも冷やで呑んだほうがもっと深い味わいを楽しめる酒である。
 燗酒のうまさというのは、庵主にとってはめったにめぐりあうことのできない僥倖なのである。あたったときのあのうまさが忘れられないのである。


★際物★15/11/3のお酒
 まさに際物(きわもの)である。庵主は、野球に全然興味がないから、それを一世紀に一度の際物であるとからかっている。人の楽しみをからかっちゃけいないのだが。
 阪神ラベルの日本酒である。東京では新宿の京王百貨店で売っている。なんでも京王百貨店は阪神グッズを扱って、今度のリーグ優勝で大いに売上を増やしたと聞く。
 地下1階にある酒売場に黄桜の「仙の夢」(酒仙の仙ではなく、常敗の阪神を奇跡の優勝に導いた星野仙一監督から)というラベルが貼られたお酒があった。見ると普通酒である。
 こういうときにこそ、少し値段が高くてもいいからまともな酒を詰めてほしいというのが庵主の思いである。一世紀に一度じゃないか、いい酒でお祝いしてあげなよ。
 買う人がいるのかな、とも思うが、いるのだろう。どうせ同じお酒を呑むのならいつもとは違うラベルの方が楽しいからである。
 お祝い酒である。楽しい趣向のほうがいいと庵主は思う。自分で買って呑もうとは思わないけど、その酒を御馳走してくれると声が掛かったら庵主はありがたく飛んでいくのである。
 「阪神タイガースウイスキー」はオーシャンである。「シャトー仙一」はフランスワインを輸入したロイヤル・リカー株式会社の商品である。焼酎もあった。さつま小鶴の「阪神タイガース」である。なんでもあるから優勝祝いのお酒にはことかかない。
 そういえば、リーグ優勝もできなかったジャイアンツラベルのワインはどんな人が買ったのだろう。


★「雪中梅」の純米酒★15/11/7のお酒
 庵主のワープロで「せっちゅうばい」と打ったら「折中倍」と出た。庵主のワープロの辞書は酒を呑まないようである。
 越後の三梅と呼ばれるほどによく聞く有名なお酒ではあるが、庵主にはそれほど必要のある酒ではなかったから「雪中梅」という名前を辞書に登録してなかったのである。だから、ゆき・なか・うめと打って変換している。
 とはいえ、最近何回か「雪中梅」を呑んでいるのである。
 一つは、居酒屋にあった三増酒である。ためしに呑んでみた。醸造用糖類と表示されていた。これはどおってことのない酒だった。
 もう一つは、市販酒の試飲会で呑んだ本醸造である。なみいる大手メーカーの本醸造の中にあって、それがひときわうまかったのである。これなら世評の「雪中梅はうまい」という評価に同意できる味わいである。
 そして、今日、「雪中梅」の純米酒を呑む機会があった。
 さらっとした味わいは新潟の酒である。しかし、最初の印象とは違って、呑むほどにそんなに軽い酒ではないということがわかってくる。呑みつづけていてもあきがこないのである。なんだ、「雪中梅」はいい純米酒も造れるんじゃないかと確かめることができたのである。きれいな純米酒だった。


★ライブ塾★★15/11/14のお酒
 庵主がライブ塾「トリックスター」で日本酒の話をした。
 いま、うまい日本酒が続々と造られているというのに、日本人がうまい日本酒を知らないのである。
 一人でも多くの日本人に、うまい日本酒が、本物の日本酒が、まっとうな日本酒があることを知ってもらわなくてはならないというのが庵主の姿勢である。それを布教と呼んでいる。
 布教というのは、宗教の押し売りのことである。自分が良いと思っていることを一方的に押しつけて洗脳していく活動である。うまい日本酒の布教は、良いではなく酔いを広める活動である。お酒の芸術性に酔うのである。日本酒の深さに酔うのである。
 まっとうなお酒を実際に呑んでもらい、そのうまさを実体験してもらうというのが庵主の布教の方法である。
 ライブ塾では、日本酒の実態を、そのウラ話を、そして酒造りの基本を話しながら、本物の日本酒のうまさを味わってもらっているうちに会場は美酒に酔って、2時間の予定が4時間になるというほどに盛り上がってしまった。
 それほど本物のお酒はおいしいのである。身も心もここちよく酔わせてくれるのである。
 ライブ塾は好評で、来年の1月にも第2弾を開催することになっている。時間がある方はこの機会にぜひうまい日本酒を体験していただきたい。


★三盃幸一杜氏の酒★15/11/20のお酒
 だれが名づけたものか、能登杜氏の四天王という呼び方がある。
 「開運」の波瀬正吉、「天狗舞」の中三郎、「菊姫」の(いまは「常きげん」に移った)農口尚彦、そして「満寿泉」の三盃幸一の四杜氏をいう。
 庵主は、その中で「満寿泉」だけはこれまでうまいと感じたお酒を呑んだことがなかった。
 平成十四年醸造 大吟醸「満寿泉 寿」を呑んだ。
 すごい、すごい、庵主好みの、まったりした厚みがある、甘さがじわっーとにじみ出てくる、これぞ大吟醸のうまさだと庵主が納得できるじつにいい味わいのお酒なのである。こういうお酒を知ったら、あまりにもうまいので、ほんのりとあまいので、また、大吟醸を呑んでみたくなる。とろけてしまいそうなうまさなのである。
 で、突然話が変わって、島根の「天界」、長野の「天法」、福島の「天明」、そして神奈川の「天青」を、庵主は四天星と呼んでいる。いずれも肩の凝らないいい酒である。うますぎることのないいい酒であるということである。安心して呑めるうまい酒である。だまって呑んでもあきのこないいい酒をつくっているということである。
 うまいとか、まずいとか、能書きをたれて酒を呑むというのは面倒ではないか。四天星は呑み手にそのような面倒をかけることのないしっかりしたお酒なのである。


★よし本物の菊正宗を呑ませてやろう★15/11/25のお酒
 大映映画「兵隊やくざ」増村保造監督。
 八貫目の軍装を付けて行なわれる地獄の三日間行軍訓練で、喧嘩は強いが歩くのは苦手の大宮貴三郎(勝新太郎)は三日目にとうとう顎を出す。落伍させてはなるまいと戦友の有田(田村高廣)は貴三郎を力づけるために「訓練が終わったら何でも好きなことをさせてやる。しっかりしろ」と励ます。
 「酒が呑みたい。軍隊のまずい酒ではなくて、うまい酒が呑みたい。」「よーしわかった。本物の菊正宗を呑ませてやるから頑張るんだ」
 舞台は満州である。すでに昭和18年である。
 当時満州では、米不足による酒不足からアルコールを加えた三増酒が造られていたと聞く。その手の酒が呑まれていたのだろう。
 その頃、「菊正宗」はまだ純米酒だったようである。昭和17年度の造りから国内でもアルコール添加した酒が認められようになったのである。
 それまでは、日本酒は米と米麹だけで造られていた。すべてが純米酒だったのである。いまアルコールをたっぷり混ぜた日本酒が造られているのはこの頃に端を発するのである。それを造りの進歩といっていいものやら。
 勝新太郎ではないが、生きる活力を得るためにもうまい酒が呑みたいのである。


★駄洒落★15/11/27のお酒
 佐渡の酒「金鶴」(きんつる)の「拓」(ひらく)。
 自家の井戸から汲み上げている仕込み水は全国でも一、二を争う超軟水だという。べつに争うこともないのだが。
 その水で造った「拓」は、じつにみずみずしい味わいのお酒である。
 瑞々しいではない。水水しいのである。ほとんど水の味わい。いい水を使っているねぇと一同賛嘆。
 期待して買ってきても、意に満たなかったというお酒はよくあることで、この蔵のこの意気込みの酒ならと期待に胸ふくらませて呑んでみたら期するところと思いが重ならなかったということは多々経験することである。
 お酒のネーミングが悪かったのだろう。この前の選挙(11月9日の衆院選)で落選した山崎「拓」氏にならって、奮闘努力の甲斐もなく、一同の人気投票では惜しくも落選。今一票がのびなかったのである。


★酒を呑めるしあわせ★15/11/30のお酒
 肉体的にも。
 精神的にも。
 経済的にも。
  

★うまい燗酒が呑みたい★15/12/1のお酒
 「この酒、ぬる燗にして」と頼んだら、「うちでは大吟醸はそのまま召し上がっていただいております」とやんわり燗をつけるのを断られたことがある。はっきりいって慇懃無礼である。ぺらぺらの大吟醸だったら燗は頼まない。その酒の奥の深さを楽しみたかったのである。
 庵主がこの時分に庵で呑む燗酒は「あら玉」の改良信交の大吟醸のぬる燗であり、純米の「竹林 ふかまり」のやっつけ燗である。あたためるとお酒の味わいがふくらんで、冷や(常温のこと)では感じられなかった隠れていた魅力が顔をみせてくれるので呑んでいて楽しくなる。滋味といっていいおいしさが口の中に広がって、からだ全体にそのぬくもりが伝わっていくようである。
 「ああ、いま生きているな」という実感がする。「贅沢をしているな」という恥じらいも感じる。そのはざまの「酒を呑んでるぞ」というくすぐったさがなんともいえないのである。お客様のすなわち庵主のその楽しみを、悦楽を、そのお店は拒絶したのである。そういう時には庵主はどうやってイヤミでこたえるかについては明日のこの時間で。


★燗酒ちょうだい★15/12/2のお酒
 「磯自慢の本醸を燗にして」
 「うちでは燗はやってません」
 「じゃ、こぶりの丼にお湯を半分ぐらい入れて持ってきて。それに徳利を一つ」


★わからない酒★15/12/4のお酒
 「蒼祈」(そうき)と名づけられた日本酒がある。寄付金付き年賀はがきではないが、寄付金つき清酒である。
 ブルーリボンというのは北朝鮮に拉致された被害者を救うことに左袒することを表明する勇気の印である。普通ははずかしくてそういうものを付けることはできない。皇室の場合はリボンをつけるわけにはいかないので、蒼(あお)い服や青いネクタイをするのだという。
 赤いリボンならクリスマスプレゼントである。ブルーのリボンが早く赤いリボンになればいいと思っているが、今年は無理のようである。
 アメリカの思惑もあるから、北を見て先を占うより、後ろで糸を引いているアメリカを窺ったほうがいいのではないかと庵主は思っている。
 映画は俳優が演じているが、それを演出しているのは監督であり、しかも本当の作り手は製作者なのである。俳優の動きを見ていたらその本当の目的はわからない。いやもっと上の悪があって、製作者にお金を出した人の意向なのである。
 500ミリリットルで1750円のブルーの瓶にはいったそのお酒を買うと、平壌政府に拉致された被害者の救援のために500円が寄付されるという。
 そのホームぺージにはだれがどこに寄付するのかは書かれていない。しかも杜氏の名前は出ているが、どこの蔵元が造った酒なのかも書かれていないよくわからない製作者不明のお酒なのである。
 庵主には「米だけの酒」に匹敵する不可解な酒である。