いま「むの字屋」の土蔵の中にいます

平成18年9月前半の日々一献


★お店との出会い★18/9/13のお酒
 一つは、東京メトロ東西線の葛西駅から徒歩2分のところに開店した日本料理の「八色」(やいろ)である。
 以前、高田馬場にあった「ありのみ」が「八色」と改名してこの9月4日からまたお店を開くことになった。事情があってしばらくやっていなかったお店の再開である。
 新しいお店では「天明」「鶴齢」「由利正宗」「上喜元」「分福」「月の井」といったお酒が呑める。庵主が好きな静岡のお酒「正雪」や「初亀」などもどんどんはいってくるという。「波瀬正吉」は定番として置いてあったのは庵主の好みと一致する。
 もちろんこれらのお酒は一例であって、そのときどきの銘酒が揃っているということだから、お店を訪れるたびに新しい発見のあるお店なのである。
 ちなみに、庵主が訪れたときに呑んだ「飛良泉」の山廃中汲みのうまさは、庵主がこれまでに呑んだ山廃の中でも群をぬいていた。
 酸味がいい。だから山廃独特の老ね香にも似た乳酸菌由来のあのニオイがその酸味とじつにきれいにからまっていい味わいになっていたのである。
 そういうお酒がいつもあるというわけではないが、思いがけないうまいお酒にも出会えるお店なのである。
 こんどはどんなお酒がでてくるかという期待感を抱いて訪ねることができるお店である。
 「ありのみ」のときもうまい日本酒を揃えていたが、「八色」になっていちだんとお酒がうまくなった。
 日本酒自体がいま狂い咲きのようにそのうまさを競っているからである。
 そして「八色」の大将がこの間じっくりとお酒と向き合ってきてそのセンスを極めてきたからである。
 と書くと、なんだか恐ろしい大将のようであるが、気さくな人柄である。だから、うまいお酒が好きなお客が集まってくるお店である。和気藹々とみんなお酒を楽しんでいる。
 大将が出してくるうまいお酒で心がなごむのである。
 お酒の選択眼がいいお店がまた1軒ふえたことは喜ばしい。

 もう一軒は庵主が最近知ったお店である。
 東十条にある「暖」(だん)である。
 ここの大将はお酒には一家言あるだけに大吟醸だけしか置いていないお店である。
 庵主は、日頃から大吟醸しかおいていないお店では息抜きのお酒がないから呑んでいてあきてくるとはいっているのだが、「暖」の大吟醸は一つ一つが変化にとんでいて呑みごたえがある。
 「波瀬正吉」はここ数年の物が揃っている。その気になれば「波瀬正吉」の縦呑みができるのである。土井酒造とのつきあいが長いといっていた。
 「東薫」と「手取川」は「暖」のプライベートブランドである。
 明確な味わいの違いがあっておもしろい。
 「明星」「立山」「李白新宿八雲」「雪雀」などもこのお店の酒祭りに並んでいると呑んでみたくなる。もちろんいずれも大吟醸だからうまいとのは当たり前だが、その味わいにそれぞれ技があるのである。うまさの質がちがうからおもしろい。呑んでいて楽しいのである。
 庵主がいくつもの酒銘を上げたのも、半分の量で注文ができるから数多く味わうことができたからである。
 半分のグラスは、はっきりいって、量を呑める人には小さ過ぎるグラスではあるが、しかし、中にはいってる大吟醸のうまさはそれだけの量でも十分に満足感を味わわせてくれるものがある。
 といっても、庵主はあきっぽいので、ちょっと息抜きのお酒がほしいのだが、ここにはない。
 そのかわり、「暖」はビールの揃えがいいのである。
 まずは「ヒューガルデン」の生樽がある。これがうまい。樽生は同じ銘柄でもお店によって味わいが違うものである。都内でも何店かで樽生が飲めるが庵主はここの「ヒューガルデン」の味が好きだ。
 バナナビールもある。泡まで甘いバナナのにおいがする。しかし、それでいて甘さが鼻につくことがない、さっぱりした味わいなのである。
 さらにクリークがある。クリークというのはチェリーがはいってるビールである。その酸味はインパクトがあるので庵主が最後にちょっとだけ飲みたいビールなのである。
 大吟醸ばかりだからお酒を呑んで気をつかったときにはうまいビールが待っているというわけである。
 ベルギービールなどもいろいろあって、どれもが一度は味わってみたいビールである。
 そういうお店が東十条にあったのである。



★ラベルに書かなくてもいいこと★18/9/6のお酒
 いまでもあるが、日本酒のラベルに「糖類不使用」と書かれているものがある。
 それが売りだということは、このお酒は他のお酒と違って糖類を使っていないいいお酒なのだと威張っているわけである。
 ただ残念なことは、そういうお酒はそれほどうまい酒でないことが多いということである。
 いまは往時の三増酒全盛時と違って糖類を使っているお酒は少なくなっているから、「糖類不使用」の能書きはあまり御利益がなくなっているのである。
 いうなれば変な所を自慢しているお酒なのである。そういうお酒はどこかおかしいお酒だとみた方がいいようである。

 日本酒に防腐剤としてサリチル酸が使われていたときに、ラベルに「保存料不使用」と書こうとしたお酒は税務署からやめろと注意されたという話を読んだことがある。
 余計なことは書かなくてもいいという税務署の親切心からである。
 いまでも日本酒には保存料がはいっていると思っている人がいるという。
 無作為で選んだ1000人ぐらいの人にアンケートを取ったら、ほとんどの人がそう思っていたりして。いまどき、食品添加物がはいっていない食品なんかほとんどないから、お酒にも保存料がはいっているのは当たり前だというのが常識であるかもしれないのだ。
 この調査はやってみたい気がする。
 
 時々あるのが、さほどうまくもないお酒が自分の特徴を書き出したのはいいが、かえって藪蛇になってしまうというものである。
 何も書かなければだれも疑問をもたないのに、へんなことを書いているために疑念がうかんでくるという表示である。

 たとえば、紙パックにはいっている日本酒に「丸米使用」という表示があったのである。いいお酒を紙パックに入れて売ることはないから品質がいいお酒ではないことはわかっている。
 表示は「丸粒米使用」だったかもしれない。どっちにせよ、お酒は米粒からつくるのが当たり前だと思っていた庵主に衝撃を与えたのである。
 米粒から造ることが他より優れている美点なのだとしたら、他のパック酒はいったいどうやって造っているのかと。
 パック酒というのはどうやら無駄のない超合理的なお酒造りをしているようなのである。
 そういうお酒が造られるようになるとそれを評価する人が出てくるから疲れるのである。そんなものは酒じゃないのだということを説明するのがやっかいだからである。
 だから、庵主は、「会社もいろいろ、人もいろいろ」といって周囲を煙にまいた小泉総理にならって「お酒もいろいろ」と苦笑しているのである。
 それを「酒屋万流」というわけにはいかないからである。
 そんな酒が呑めるかといったら、「ちゃんと呑めますよ」と返されたときにはそれに対する言葉がないからである。

 ビールにこういうのがあった。
 アサヒの缶ビール「こだわりの極(きわみ)」である。
 「原料、製造法、配送法にこだわりました」とあるから、それ以外の缶ビールはそんなにこだわって造っていないということである。
 原料のこだわりはこうである。
 「こだわり一、コクのある味わいのためにヨーロッパ産『スカーレット麦芽』を使用」と書かれていると、では他のビールはそんなにコクのないどこで造られたか分からない麦芽を使っているのかと邪推してしまうのである。
 「こだわり二、バランスの良い『香り』と『苦味』のためにドイツ産ホップ『ヘルスブルッカー』を使用」とあると他のビールはバランスがそんなによくないホップを使っているのかと思ってしまう。
 「こだわり三、上質な国産米を使用。やわらかな味わいの秘密です」と書いてあるとビールはいまや米から造っているということを知るのである。ビール会社がそんなことを飲み手にばらしてしまってもいいのだろうか。

 製造法のこだわりはこうである。
 「こだわり四、ふんわりした華やかな香りのために醸造法『ドラウフラッセン』を採用」とあるが、惜しいことに、ドラウフラッセンというのはどういう醸造法かわからないので何をこだわったのか庵主には理解できないのである。
 「こだわり五、すべての醸造工程は醸造責任者が自らの目で確認しています」と書いてあるから、他のビールは責任者は確認していないということがわかるのである。

 配送法のこだわりは画期的である。
 「こだわり六、工場から店頭までチルド配送(10℃以下)しておりますので『こだわり』が生きています」とあるから、ビールは今でも冷やしたまま配送されているものは少ないということを知るのである。そんなこと書いてもいいのだろうか。
 ちなみにこの「極」の製造年月日は06.06.07である。

 酒ではないが、もっとすごいのがあった。
 アサヒの「MITSUYA 完熟ふじりんご」という炭酸飲料である。
 そのラベルに「炭酸強め! 保存料不使用」という表示があった。
 それを読むまで庵主は炭酸飲料の保存料のことなど考えてもいなかったのである。
 ちょっと調べてみなければいけないという気持ちになってきた。不安になってきたのである。啓蒙的な表示なのである。

 完熟ふじりんごという表示もすごいのである。見ると果汁1%と書いてある。
 お酒ならアルコール度数1%未満は酒とはいわないのである。
 果汁1%というのもまたお酒に準じるのならふじりんごでないといっていい。
 飲料業界はそういう冗談が好きなようである。
 こういうのは不正表示をとおりこして詐欺と呼んだほうがいいのではないかと思えるほどである。
 果汁1%では、あとは香料と酸味料などをまぜないとりんごらしくなるわけがない。りんご風味飲料なのに、それを完熟りんごと謳っていかにも本物のリンゴ果汁であるかように売っているのだからどういう神経をしているか理解できない業界である。
 廉恥心がどこかにいっちゃったのか、あるいは夢をいっぱい飲ませてくれる業界のようである。
 風味飲料のラベルにリンゴの絵なんか描いてはいけないのである。インスタントラーメンなら、そういう絵はカッコ書きで「イメージです」と書いてある。
 この場合も「リンゴの絵はイメージです」と断って、はっきりと合成りんご風味飲料と表示してもらないと困る。
 日本酒なら「合成酒」と書くように。

 もっともコンビニなどで売られている缶入りフルーツジュースみたいなデザインの缶にはいっているなんとかサワーの缶にわざわざ「これはお酒です」と書いてあるものがあるが、カクテルなんか瓶や缶に詰めて売る方が間違っているのである。
 「これはお酒です」という表示は、それ自体があってはならない表示なのである。
 カクテルは自分で作るか、バーに行って飲みましょう。

 日本酒の表示でいちばんびっくりしたのは「米だけの酒」だろう。
 それが日本酒の呑み手に与えた驚愕は大きかった。
 まず、日本酒は米から造るものだというのが常識なのに、これは「米だけの酒」だと書かれていたことから、他の日本酒は何から造っているのか、どうやって造っているのかということに目を向けさせられることになったのである。
 そして、米だけで造った酒なら純米酒ということになりそうだが、純米酒ならそのまま「純米酒」と表示すれば事足りるのに、それとは別の意味でこれは米だけで造った酒なのだと主張しているということから、米だけで造っても純米酒でないお酒があるというわけだからそれは一体何なのだという疑問がわいてくるのである。
 純米酒ではない米だけの酒というのは一体どういう酒なのか。
 その実態は稿を改めて書きたいと思う。

 これから出てきそうなびっくり表示は、日本酒に「国産米使用」(外国産米から造った酒に対して)とか「米から造りました」(糠から造った酒に対して)というものである。
 よくいえば正直な表示ではあるが、そういうものはその他の雑酒として日本酒とは呼ばないという矜持があってはいいのではないかと庵主は思うのである。



★茨城の二蔵★18/9/1のお酒
 茨城の蔵元を回ってきた。
 「月の井」(つきのい)の月の井酒造店と「菊盛」(きくさかり)の木内酒造である。
 
 「月の井」といえば、最近はテレビドラマにもなった蔵である。
 なにが起こったのか。
 蔵元が癌で、若くして倒れたのである。
 その間の事情を書いた蔵元夫人の本がテレビ化されたというわけである。
 庵主はテレビをもっていないので、そのドラマは見ていない。
 亡くなった蔵元は「蔵を継いだが、俺の代になって何もすることができなかった」と言っていたというが、先立ったことで「月の井」を一躍有名にすることになったのである。
 庵主が訪ねたときも観光バスで大勢の蔵見学者が押しかけていた。
 
 ところでそのお酒はどんな味わいなのか。
 10号酵母を使っているという。10号酵母といえば「小鼓」を思い出すが、造りが違うと同じ10号酵母を使っても味わいが異なるのがおもしろい。
 お酒はその土地土地のものなのである。
 呑んだ感想はすっきりした悪くはないお酒だということである。
 庵主がいう「うまい」お酒ではない。しかし、10号酵母の特徴がよくでている軽いけれどいいお酒だと思った。
   
 おかしかったのは、利き酒をさせてもらったのだが、そのとき、普通酒、本醸造酒、純米酒、純米吟醸、山廃純米とラベルが貼られた5種類のお酒を利いた後に、別のテーブルに置かれたAからEまでの記号がつけられたお酒は先に呑んだどの酒だったか当ててご覧といわれて、ずばり当てた人がほとんどいなかったということである。

 一緒にいった一行は、それなりにお酒を呑んでいる人たちである。知っている人たちである。それでもかなわなかったのである。
 たとえば、普通酒、吟醸酒、樽酒、山廃といったそれぞれに癖のあるお酒ならだれでもわかる。それににごり酒なんか加えたりしたら呑み手を馬鹿にしていると思われるが。
 しかし、この日の「月の井」の利き酒はむずかしかった。
 ということは、どれも微妙に似ている一貫性のある味造りをしているということではあるが、どれがどれだかわからないとしたら一番安い普通酒を買うのが一番お得だということである。
 それほど「月の井」の普通酒のレベルが高いということである。10号酵母の特徴をうまく生かした造りをしているということである。
 そのことは、同時に、普通酒よりランクの上のお酒がそれなりの味わいをもっていないということだから、なんのために純米酒とか吟醸酒を造っているのかわからないということなのである。
 趣味でお酒を造っているというのならそれでもいいが、どのランクのお酒も似たような味わいだとしたら、商品設計がおかしいのではないかということになる。

 利き酒に中途半端な自信をもっている素人に対して、絶妙な違いのお酒を呑ませて自信をくじいてやろうというプロの矜持なのかもしれないが、その思惑は素人相手にはかえって裏目に出てしまうのである。
 客はおだててお金を遣わせるというのが商人の心得である。
 素人でもわかるようなお酒を呑んでもらって、自信をつけてやることが大切だと思う。そうすれば、俺は、あるいは私は、「月の井」がわかるということになって、ファンになってくれるのである。
 あまり素人をからかわない方がいいと思う。
 もっとも今回は全問正解者には今年の金賞受賞酒(高いお酒である)が手渡されたから、子供だましの利き酒ではないぞとてぐすねを引いて待っていたのに違いないが。

 とはいえ、「月の井」はお酒の味わいに関してはモダンに仕上がっている。田舎のお酒、おっと失礼、地方で造られているお酒とは思えない洗練された味わいである。
 大手にもダサイとしかいいようのないお酒があるから、規模の大小とか蔵の所在地とかはそのお酒の味わいのセンスとは関係ないということである。
 その利き酒ゲームのあとで試飲させてくれた山田錦と五百万石の純米酒は呑みごたえがあった。しっかり個性をきわだたせていたいいお酒だったから、普通酒のできのよさと合わせて考えると「月の井」は気になるお酒であることは間違いない。

 「菊盛」という蔵元はおもしろい。
 日本酒をはじめとして、庵主一押しのネストビールを造っている。さらに蔵のそばに葡萄畑をもっていてワインも造っている。
 米は自家精米で、その糠を捨てずに焼酎を造っている。葡萄もワインだけでなくビネガーを作っている。無駄を出さない酒造りをしている蔵元なのである。

 さすがにビールは期待通りうまい。この蔵のビールは庵主が好きなビールの5本指にはいる。
 お酒は地元米の「ひたち錦」を使って「ひたち酵母」で作ったピュア茨城というお酒を醸していて、黒麹で作ったお酒や山廃などを呑ませてくれたが、明瞭な主張と個性を感じるお酒だった。
 うまいお酒というより、個性を主張したお酒を造っているから、どの一本もそれぞれに明確な味わいの違いがあって呑んでいて楽しかった。
 味の違いがわかりやすいからである。
 蔵元の遊び心が伝わってくるお酒である。

 うまかったのは、赤ワインである。  庵主はワインをほとんど飲まないのでくわしくは知らないが、このワインの味わいは魅力的だった。渋味のきいたうまいのかまずいのかわからないワインと違って、わかりやすいのである。そして爽やかな感じがする。
 庵主は甘いお酒が好きなように、赤ワインもこういう味わいのものが好きだということが分かった画期的な一杯だった。この赤ワインなら飲めるということである。呑んでいて楽しい味わいだった。
 また、白ワインも個性的でおもしろかったのである。個性的とは庵主がまだほかでは飲んだことがないわかりやすい味だということである。
 木内酒造の酒はどれもおもしろい。
 
 「月の井」の月の井酒造店と「菊盛」の木内酒造は、ともに個性を感じる蔵元で、楽しい蔵見学だった。
 面白くなくてはテレビじゃないといっていたのはフジテレビだったが、お酒も面白くなればつまらないのである。
 あれっ、面白くないとつまらないは同義語だったっけ。