「むの字屋」の日本酒入門




日本酒入門

 日本酒を始めようという人のために、まだあんまりお酒を呑んだことがないのだけれどなぜか日本酒に心ひかれるという初心者のために呑み手の立場から日本酒に関するいくつかのことを書きます。
 日本酒を呑むことのなにが面白いのかということを書きます。ワクワクすることを書きます。
 どこにその魅力があるのかということを書きます。ドキドキすることを書きます。
 そしてまだあなたが知らない日本酒の世界を書きます。日本酒を呑む人だけがひたることのできるトキメキについて書きます。

 平気でウソも書きますが、お酒を呑みつづけてみるとどこがウソであるかはすぐわかる他愛のないものぱかりです。とはいっても実際にお酒を呑んでみないことにはそれがウソかどうかはわからないわけですから、はじめのうちは「むの字屋」のいうことを信じて試してみてください。
 騙されるのは悔しいことですが、すっかり担(かつ)がれたとあとから笑えるものと、これは許せないというものとがあります。これは許せないという騙しを庵主は日本酒でいくつも経験してきましたから、そのことを知るだけでも、呑まなくてもいいお酒の数がドーンと減ることはまちがいありません。
 それを知ることによって、呑まなくてもいい酒に費(つい)やしていたに違いないお金を、どんどんうまいお酒を呑むことに使えますからそれだけでも大儲けというものです。
 また、かりに騙されたとしても酒で死ぬようなことはありませんから安心してお呑みください。ただし、呑みすぎなければという前提の上でのことですが。

 お酒には消費期限というのがありません。味が劣化することは多々ありますが、呑めなくなることはないというわけです。そりゃそうでしょう、理科の標本ではありませんがアルコール漬けになっている食品なのですから長持ちするというわけです。
 また賞味期限もありません。熟成したほうがうまくなるお酒があるからです。でも一般的には低温で1年から2年ぐらい寝かせたお酒が充実した味が味わえるようです。
 でも、若いお酒もそれなりのおもしろさがありますから、ようするに好き嫌いしないでいろいろな日本酒をどんどん呑んだ方が勝ちだということです。

 お酒は量ではなく、いろいろなものをたくさん呑むことがお酒をより深く楽しむための早道です。日本酒に興味がわいたら、最初はいろいろなお酒を片っ端から呑んでみてください。量ではなく、数です。種類です。
 最後には自分の口に合ったお酒に落ち着きますが、世の中には想像を絶したうまいお酒がありますから、自分の酒にたどり着くのはその後でいいと思います。

 いまこれをお読みになっている方は、すでに日本酒を呑むことに価値があると感じて興味を覚えられているわけですから、これからはぜひうまい日本酒を味わっていただき、ただ酔っぱらうためではなく、お酒を楽しんで呑むことができる心の余裕を培(つちか)ってほしいと思います。
 お酒は楽しんで呑むものであって、悲しさをまぎらすために呑むのものではありません。残念ながらお酒にはそういう気分を解消してくれるような薬効はありません。まして一気呑みを強要して人を苦しめるために用いるものではありません。それでは包丁を人殺しに使うようなものです。使い方が間違っています。

 まず、なぜ日本酒を呑むのかということです。
 お酒の味がわかると楽しいからです。そして、なんといっても うまいからです。 お酒が呑めないより呑めたほうがちょっとだけ得した気持ちになれるからです。
 体質的にアルコールが合わないという人は無理して呑むことはありません。苦痛をおぼえてまで呑むものではありません。あなたがお酒を呑まないからといっても日本酒の伝統が途絶えることはありませんから。

 お酒は普通の人はだれでも呑めるようになります。これまでの日本酒の呑み方はたくさん量を呑めることが男らしいとか大物だとかいわれていましたが、いまはそんなガブ呑みは流行りません。かつてそのように讃えられた人達は晩年になるとみんな体を壊しています。
 そういう呑み方をしていると、年をとって酒量が減ってくるとそのことで自分の肉体の老化を深く思い知らされることになり、自分の老いと直面させられることになりますから精神的にはより充実しているときなのに気持ちが落ち込んでしまうということになりかねません。
 お酒は上手に呑みつづけるとお酒を呑むことが楽しくなります。年をとるとだんだん体がうまいものしか受け付けなくなってきますが、その点、液体のお酒はさわりがありませんし、年をとるとますますお酒の深さがわかるようになりますから長生きすることがうれしくなります。少なくとも長生きをしたメリットがあります。きのうまではわからなかった味がきょうはわかったというトキメキがあるのがお酒なのです。この「むの字屋」はそのトキメキをあきずに書きつづけているのです。
 体がお酒をおいしく感じなくなったら、もう十分生きたという目安になるというわけです。
 酒は、呑みすぎると毒なのですが、砂糖や塩ならいくら食べていいと言われてもある程度以上にはとても食べることができませんが、お酒はその限界を越えて呑むことができるという性質があります。それでつい呑みすぎてしまうのです。

 「むの字屋」のお酒は酔うために呑むものではありません。味わうために呑むのです。ただ酔っぱらうために呑むのなら、いくらでも安いアルコール飲料があります。
 日本酒を呑むということは、日本の文化を楽しむことなのです。すなわち日本人を慈しむことなのです。日本に生まれた喜びをわかちあうことなのです。それを味わうことができる経験をつむということなのです。

 日本酒は、はじめて口にしたときにはけっしてもうまいものではありません。だいたい、初めて出会う日本酒というのはあとから述べるようにとんでもない代物(しろもの)だからです。その手の日本酒を最初に味わったらだれでもお酒が嫌いになります。初めての日本酒がうまかったという人は恵まれている人なのです。
 でも、あわてないでください。呑んでおいしいお酒があるのです。庵主が真っ当なお酒と呼んでいるうまいお酒があるのです。日本人の酒造りは底の浅いものではありません。

 庵主はお酒が呑めません。全然呑めないという意味ではなく、量が呑めないということです。呑みすぎると気分が悪くなります。時には今でも嘔吐することがあります。そこまでいかなくても肩凝りが始まるのです。肩凝りなんかサロンパスでも貼っておけばよさそうなものですが、過度な肩凝りはズキズキ痛んで夜中じゅう眠れないほどの苦痛なのです。だから庵主はそうなるほどにはお酒を呑みません。
 ある程度呑めばそれ以上には呑めないという体質の庵主はめぐまれていると思っています。いくらでもお酒が呑めるという人は経済的にも健康的にも不経済だということですから。
 激しい肩凝りが襲ってくることもあるのに、ではなぜ日本酒を呑むのか。
 それは庵主が呑んでいる日本酒がはっきりいってうまいからです。それはまた人間の精神をたぶらかす毒の魅力なのかもしれません。

 うまい日本酒に出会う近道をお教えするというのが、この「日本酒入門」です。
 「日本酒入門」とは書きましたが、いざ入門書を書こうとなると本当は間口が広いので初心者にはいっぺんにそんなにいろいろなことを覚えきれません。そもそもそんな広範な知識は庵主にはありません。それでもお酒は呑めます。まずお酒が先、知識はそのあとです。読んですぐ忘れるのが知識、体にしみこんで忘れることがないのが経験です。年の功です。お酒は体でおぼえましょう。
 なにごとも理屈よりはまずやってみることが肝心です。ただ闇雲にやっても無駄が多いから効率よくできるコツをお伝えするというのがこの「日本酒入門」の目的です。

 おいしい日本酒にてっとり早く出会える方法をお教えします。
 その方法とは、まずは実際にお酒を味わってみることです。味とか香りについては本で読んでも絶対わかりません。呑んでみて自分の舌で覚えるしかないのです。酒が先、理屈や解説や能書きはあとからついてきます。せっかく、いま目の前にうまいお酒があるというのにそれを呑まないで本を読んでいてもつまらないではありませんか。

 そしてこれを読んだら即、実行してください。酒場に行ってうまいお酒を呑むということです。
 日本酒といっても、いろいろな味わいのお酒がありますから、最初はそれらのお酒を一通り味わってみることが必要です。ただ、運が悪いと口に合わないお酒ばっかり選んで呑んでいたということなりかねませんから、基本的な日本酒の知識は必要です。そのための最少の知識をお教えしましょう。

 うまい日本酒とはどこで出会えるか。
 一升1万円もする高いお酒が必ずしもうまいとは限りません。百貨店にある高いお酒ならうまいだろうと思って買ってきてもそうは問屋がおろしません。
 安くてもうまいお酒があるのです。逆に値段は高いのにそれだけのうまさを感じないお酒もいっぱいあります。いちがいに高いお酒がうまいとはいえないということです。
 どんな商品でもそうですが、日本酒でも値段が2倍だから2倍うまかというとそういうことはないということです。
 またお酒は嗜好品ですから、ある人がうまいといっても別の人はうまくないということはよくあることです。自分の味覚を信じてください。自分の好みを優先させてください。お酒を呑むということは、なにも日本酒の評論家になるのが目的ではありません。あくまでも自分がおいしいと思うお酒をさがす旅なのです。

 じゃ、なんでまずいお酒があるのかというと、世の中にある日本酒がみんな同じうまいお酒だったらつまらないからなのです。
 いま流行りの「冬のソナタ」の女優さんのチェ・ジウが美しいからといって、世の中の女の人の顔がみんなそれだけだとしたらうれしいでしょうか。
 テレビの「水戸黄門」で、悪役がいなかったら面白いでしょうか。庵主はそんなのはまっぴらです。悪役は善玉をひきたてるためになくてはならないものなのです。物事にはめりはりが必要だということです。いいものとそうでないものはどちらも世の中を楽しくする役者なのです。
 お酒を呑むときもめりはりは必要です。うまい酒ばかり呑んでいるとあきてしまいます。その間に息抜きのお酒が必要なのです。息抜きの酒といっても悪い酒ということではありません。個性的なお酒ということです。主役は張れないけれど、その役者が出ていると映画がおもしろいというようないいお酒があるのです。そういう役者との、おっと日本酒との出会いがあるからたまらないのです。

 ここからがちょっと肝心なところです。日本酒メーカーはわかっているのに黙っていることを書きます。あなたが、日本酒はまずいと思いこんでいる理由を書きます。はじめのうちはそういうまずいタイプのお酒は避けて、うまいタイプの日本酒を選んで呑みましょう。そうしないとお金の無駄遣いになるだけですから。

 日本酒と呼ばれているお酒には 実は2種類あって、うまい酒とうまくもなんともない酒とがあるということなのです。日本酒がまずいと思っている人は運が悪いことにそのうちのうまくない酒ばかり呑んできた人です。呑まされてきたといった方がいいかもしれません。何も知らないとそうなるのです。世の中には知らないほうが幸せなこともありますが、日本酒に関しては知れば知るほどお酒が楽しく呑めるようになります。よりうまいお酒が呑めるようになります。

 日本酒メーカーは「日本酒にはうまい日本酒とそうでない日本酒があります」とは教えてくれません。うまくない日本酒を造っているメーカーが多いからです。本当のことをいったら自分のところの酒が売れなくなりますから。
 このことは日本酒メーカーだけの責任ではなく、本当は酒税法という税源確保のための法律が明治時代の思想をいまでも引きずっているという政治的な問題でもあるのです。国をあげての大ウソに多くの日本人は騙されつづけているということなのです。
 第一、お酒は食品なのに、その管轄が農林省や厚生省ではなく大蔵省であるということ自体おかしいではありませんか(庵主は古い人なので省名が古いのはご勘弁)
 お酒のことなんか、学校では教えてくれませんから、その二つは見かけが似ているために初めはその違いがわからないのです。
 その2種類とは 「うまい酒」と「まずくもなんともない酒」です。庵主はよくマズイ酒といいますが、じつはマズイ酒ならまだましなのです。まずいというのも一つの個性だからです。
 しかし、あなたが日本酒に幻滅するキッカケとなった酒は正しくいうと「まずくはないけれどうまくもない日本酒」なのです。呑んでも感動のない酒だったのです。よくいえばニュートラルな酒です。はっきりいうとただた酔っぱらえればいいという割り切った考え方で造られた酒なのです。
 これほど人間性を馬鹿にした酒はありません。そういうまずくもなんともない日本酒が多いのです。病院食みたいに、甘くもなければしょっぱくもない食事をまた食べたいという気が起こりますか。日本酒にも病院食みたいな精神衛生によくないお酒があるのです。

 お酒というのはアルコールを含んだ飲物ですが、それは食い物の一種ですから、お酒を呑むためにはまず食い物とはなにかということが肝心になってきます。
 基本的には食い物でも飲物でもうまいものが体にいいもの、ニガイものやマズイものは一般的には体に悪いものといっていいでしょう。
 マズイ酒は体にいいものでしょうか、悪いものでしょうか。
 健康食品という言葉がありますが、食品というのは体にいいから食べるのであって、健康を維持するために食べるものを食品というのです。健康食品があるなら、不健康食品というのもあるということになりますが、不健康食品というのは毒ということですからそんなものは食品とはいわないでしょう。
 したがって健康食品とは真っ白い白色というようなものです。健康食品マニアというのがいますが、あれは食生活が偏(かたよ)っていることの証左だと庵主は思っています。それこそ不健康そのものだと見ています。
 たとえばビタミンCがいいと聞いて、そればかり口にしていたらはたして健康な食生活だと思えますか。食事は偏らないということが体のためなのです。その証拠にココアがいいとテレビでいえばしばらくは健康ココアを買い求める人がいますが、そのうちすぐ飽きてしまいます。体がその健康食品ブームのあほらしさはよく知っているということなのです。
 その点お酒は飽きのこない食品です。人間の基本食品なのです。大きな声ではいえませんが、こんなうまい物を女子供に呑ませるのは勿体ないというのが庵主の考え方です。

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