むの字屋辞典

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◆ う ◆

うまい【有味い】有味いと書くのは庵主の造語である。この表記は
一般的には通用しない。
その反対語は「無味い〈まずい〉」である。
「うまい」は、普通は「美味い」とか、仮名で「うまい」と書く。「美味い」は、「おいしい」とも読めるので文章によっては「うまい」と読んでいいのか、「おいしい」と読むのか判らないことがある。
庵主が「有味い」と書いている時は普通の「うまい」とは少し、いや、かなり意味が異なっているので、その意味の違いに注意して読んでいただきたい。
有味いは、美味い〈うまい〉お酒のことであるが、不味い〈まずい〉も含めて味があるお酒という意味である。通常は美味いお酒についていうが、時には明かにまずいお酒についてもそれを有味い酒と書いていることがある。
無味い〈まずい〉酒とは、うまくもなければまずくもないお酒をいう。
治療と称して、病院で、甘くもなければ、しょっぱく名もない食事を出すことがある。その無味乾燥な味わいを「病院食」といって辟易したという話をよく聞くが、その病院食みたいにうまくもなければまずくもない味を無味い〈まずい〉という。
そういうお酒を、よく言えば欠点のないきれいなお酒ということになるが、そんな酒は呑む甲斐がない。好んで病院食を食べたいかということである。
また、水のように障りなく飲めるお酒といえないこともないが、その場合の「水のように飲める」は悪口である。
それがいいお酒のときは「水のように呑める」とかく。飲むと呑むのちがいである。
無味い〈まずい〉お酒とは呑んでもつまらないお酒のことである。呑むまでもないお酒のことである。
有味い〈うまい〉お酒とは、その味わいの好き嫌いはともかく、そして美味い不味いはともから印象に残るお酒のことをいう。すぐ忘れてしまうお酒は不味いお酒という。●ブログの参考頁

うまい【美味い】うまいとは自分の好みに合う味であることをいう。
蓼〈たで〉食う虫も好き好きというから、自分にとっては好みに合わない味わいであってもそれを美味いという人もいるので、うまいというのは相対的な評価と思っていた方がいい。
たとえば古酒の味わいが、美味い不味いの評価が別れる味わいである。
庵主でいえば、古酒の味わいは好きではない。まずいと思う。あんな味を好き好んで呑む人の気がしれないが、しかしである。それなのに呑めてしまうものがあるということである。
庵主がびっくりした古酒は、二、三年前に呑んだ「岩の井」の29年物である。
30年を間近にして、その色はほんのり飴色だった。いまどきの無濾過の新酒のようなほんのり黄色みがかかっているといった感じの色合いである。その色だけ見たら新酒といわれても疑わない感じである。
29年ですといわれたので、古酒特有の紹興酒のような味わいなのだろうと予断をもって口にしたところ、「なにこれ」だったのである。
一瞬、その味は日本酒の味だとは思えなかった。蒸留酒のグラッパ(葡萄から造る蒸留酒)のような、ここであえて外来語を使うが、クリアでキュートでエレガントな味わいに心が吸い込まれてしまったのである。古酒なのに全然古くなっていないお酒を口にしているのである。そしてその緻密な味わいにすっかり魅了されてしまったのである。
そのとき出てきた言葉が「うまい」である。漢字で書くと「美味い」である。
その古酒の味わいを「うまい・ますい」の「うまい」という言葉で表現するのは間違っているのだが、そのうまさを表現する言葉を知らなかったのである。
古酒にはそういう想像を絶したうまさがあるから、古酒はまずいと思っていても一概にそうだとはいえないということである。
もっともその「岩の井」の古酒も古酒のあの味わいが苦手という人にとっては、やっばり不味い味だと思うのかもしれない。
うまいは絶対値ではないということである。つまり自分にとっては美味いお酒を誰が呑んでも美味いと評価するとは限らないということである。
砂糖の甘いは誰がなめても甘いというが、お酒のうまいはそうはいかないということである。
ただし、いいお酒については、お酒をいろいろ呑み慣れている人が呑んだら、その人の好き嫌いはべつにしてそれがいいお酒であるという評価は概ね〈おおむね〉一致するので、いいお酒とうまいお酒もまたちょっと意味が異なるということである。
古酒といえば、「達磨正宗〈だるままさむね〉」の「昭和五十四年果実香」を呑んだ時にはその味わいに感動したものである。その味わいは庵主の想像力を超越していたからである。感動とは書いたが、感動というのは自分の想像力の範囲内のことをいうから、それを越えている味わいのときには、それを言い表す言葉がなくなる。いまだ経験したことがない深い味わいを言い表す言葉をしらなかったのである。
文化とはその言葉を造ることなのである。言葉が豊かなことが文化なのである。
一時代まえまえでは、日本酒はただ単に「お酒」として売られていたものである。
商売気のある居酒屋はそれに「一級」「二級」と称して儲けていた。人は見栄を張りたいから、人と一緒に呑む時は、つい高い方の一級酒を注文するのである。一級酒と二級酒の中身にさほど違いがなくても一級酒がよくうれるということである。
さらに「特級」なるお酒があったが、それを加えても、お酒は3種類しかなかったのである。
お酒の違いを露す言葉かなかったので、お酒の個性を表現できなかったのである。
いまはすっかり様変わりである。
日本酒の入門時にまず覚えなければならない言葉だけでも「純米大吟醸、純米吟醸、特別純米、純米、大吟醸、吟醸、特別本醸造、本醸造」と八つもある。覚えられないのである。
頭だけでそれを覚えようとしても無理であるが、実際にうまいお酒を呑んでみれば一発で覚えられるのである。お酒は頭で覚えるものでない。まずは呑んでみることである。
さらにお金を出して呑むまでもない普通酒や今でも名残がある三増酒(純粋な三増酒は今は売られていないはずである)、さらに合成清酒なる代物があって、覚えなければならない言葉が多すぎてかえって何がなんだか判らなくなっているほどである。
ただ、それらを一遍に覚えようとするから無理がかかるのであって、人生は長いのだから、ゆっくり、じっくり、一つずつ覚えていればいいのである。
今、お酒の文化は豊かになったのである。
生酒、樽酒、無濾過、荒走り、新酒、古酒、秘蔵酒、生一本、生モト、とお酒の世界は幅か広いのである。かつ味わいが深いのである。その気になれば死ぬまで楽しめる趣味であるが、運の悪い人は一発でアル中死する人もいるし、若い家の暴飲が祟って晩年は酒を断つことになる人もいるから、お酒を上手に呑めるというとが大人の要件なのである。

うまい【うまい】
自分の好みの味わいの基準を越えていること。心に叶う味わいであること。

 

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