「むの字屋」の土蔵の中にいます
 
平成16年8月の日々一献

★北海道の旅★16/8/25の酒
 8月13日から17日まで北海道に行ってきた。
 北海道の風土は、人が多い東京と比べてストレスがぬるいのだろう、体は正直である。お酒を呑んでストレスを解消しようという欲求がなくなるのがわかる。東京では毎日でもお酒を味わいたくなるというのに、北海道に行くとお酒を呑もうという気が起こらなくなる。
 また、ストレスがぬるいからお酒を呑んでもおいしくないのである。東京というストレスがあるから、東京で呑むお酒はうまいのである。酒は文化である。人口の圧力の大小でそこで飲まれる酒の味が違ってくるということである。
 それぞれの地方で造られるお酒の味の強弱は、その地方のストレスの強弱を繁栄しているのではないか。だからその酒を東京で呑んでうまいマズイを論じるのは的外れな感想なのである。東京で呑んでうまいお酒というのはかなりストレスにたえる酒なのである。ただ、商売としては、東京の購買力は大きいから、東京に的を絞ったお酒の意味は大きい。
 この北海道行ではアルコールを口にするつもりではなかったが、けっきょく連日ビールを口にすることになってしまった。
 北海道も12日までは暑い日が続いていたというが、13日になって俄然涼しくなったという。喉をうるおすビールもいらない快適な気温である。ただ湿度を感じた。
 13日はJAL機内でJシート新設記念の缶ビールを一本。サッポロである。
 14日は、法事でビールが出てきたので、供養なのでありがたくいただく。
 15日は、インド料理店に招待されて、ナンが出てくるというので生ビールにした。
 16日は中富良野まで遠出して、その帰りにラーメン屋で生ビール。
 そして17日は、帰りのJAL機内でおなじく記念ビールを、キリンで一本。
 今年の庵主は、よくよくアルコールの呪縛からのがれられないようである。


★8月18日の靖国神社★16/8/20の酒
 8月15日の「北海道新聞」の朝刊の1面には笑ってしまった。
 本日終戦記念日である。勝ち目のない戦争の不戦を誓い、わが日本に原爆を投下した米国勢力の非を永久に呪う日なのである。が、その新聞はオリンピックでなんとか選手が金メダルを取ったというバカでかい見出しで埋められていたのである。地方新聞のレベルなんてのはこの程度かと唖然としてしまった。日本人としての誇りなど一片もないのである。そこまでして読者に迎合して部数を確保しなければならないほど北海道の経済は追い詰められているようなのである。
 自分のところのスポーツチームが優勝したからといって一面にそれを持ってくるような「読売新聞」じゃあるまいし、少しは新聞としての矜持がある新聞だと思っていたのである。ちなみに、このところの「読売新聞」の夕刊は、記者が夏休みをとっているものか、紙面のほとんどがオリンピックの記事で、まるでスポーツ新聞を見ているようである。あんまり暑いので、ニュースも夏休みなのかもしれないが。
 さて、8月15日といえば主役は靖国神社である。当日の境内はにぎやかである。その日だけ見ると、年から年中、日本人は靖国神社が好きなように思えるが、そうはいかない。
 今年は庵主は北海道で涼んでいたので参詣できなかったが、15日に境内を訪れた年には軍服を着た老兵やら、桜の木の下で輪を作って同期の桜を歌っている元兵士らがいて、おっ、みんな戦争に負けたことを懐かしがっているのだなという雰囲気にあふれている。あたかも戦争映画の撮影にでも紛れ込んでしまったかのような気になる。8月15日の靖国神社は昔懐かしの懐旧祭りである。お祭りなのである。
 参詣新聞が、いや違った、サンケイ新聞が特別版(PR版)を配っている。商売熱心な新聞社であることがわかる。神社の境内で神頼みの商売をしなければならないほど追い込まれているのかもしれないが。
 が、8月18日の午後に靖国神社を訪れたら、境内にはほとんど人がいなかった。三十数度という気温のせいもあるかもれしない。一日中で一番暑い時間なのである。拝殿で庵主が柏手を打っていたときも、庵主の近くには他に2〜3人がいただけである。賽銭箱を見張っている職員や御札を売っている巫女さんたちのほうが多いぐらいである。境内でたむろしている白鳩の数を加えたら絶対そっちの数の方が多い。それぐらいのどかな神社なのである。喉元すぎたら熱さを忘れるではないが、15日から3日たったらもうすっかり静かなものである。
 靖国神社のことなどだれも気にしていないのである。もの静かな神社である。
 中国が時々靖国神社のことを口にして囃してくれないと参詣に来る人もまばらな神社である。あれは靖国神社のPR活動の一環なのではないのかと庵主は邪推するのである。今年はオリンピックに新聞紙面を占領されたものだからせっかくの書き入れ時に靖国の記事が少なくてそのせいで参詣する人も少ないのだろう。
 拝殿の賽銭箱の前で一礼すると、本殿の方から涼しい風が吹いてきた。その風が気持ちいい。なんとなく、ささやかなお賽銭で涼しい風を送ってもらったような気がする。涼風の自動販売機みたいである。よくいえば、これほどすぐにご利益が返ってきたのは初めてである。
 拝殿前の鳥居の前を横切っていた老齢の女性が、一度立ち止まって拝殿に一礼してから通り過ぎて行った。また、一人の中年の男性は、鳥居の前に立って拝殿に向かって長い間黙礼をしている。なるほど、神域ではそうやるとカッコいいということがわかる。要するに静かに振る舞えばいいのである。
 新聞記事に困った記者が境内に騒ぎを持ち込むのは不躾な振る舞いなのである。
 新幹線の車内で騒いでいるガキがいたら「静かにしないか」と一喝するだけだが、境内ではしゃいでいる記者君にも一喝してやればいいのである。小さい声で「お静かに」と。
 暑かったので、外にある一戸建てのお手洗いを避けて、冷房がきいている遊就館内の便所でおしっこをして帰ってきた。
 すっきりしたら余裕ができて、お休み処で600円もする生ビールを飲んでから靖国神社を辞したのである。
 一つ星マークのサッポロビールなので、庵主が二等兵ビールと呼んでいるビールである。


★一番人気のないビール★16/8/18の酒
 JALのJシート(千円出すとちょっと広い座席に座れるサービス)新設記念で、Jシートに座ると缶ビールのサービスが受けられる。
 飲物のサービスのときに「記念ビールのサービスもあります」というので、ではビールをいただきましょうということになった。
 アサヒ、キリン、サッポロ、サントリーのビールが用意されている。缶の半分には赤地に白抜き文字の大きなJの文字が印刷されている記念缶である。
 4社のビールがあるということは当然人気の順番ができるということである。
 「どれになさいますか」と聞かれたから、庵主は「一番人気のないビールはどれですか」とたずねた。
 今はアテネオリンピックの最中である。金持ちの強い国の選手を応援してもつまらない。勝つのが当たり前だからである。弱いところを応援するのが義というものだろう。だから一番弱いビールを応援してあげようというのが庵主の本意である。
 「それはなんといっても(仮に)サントリーですね」といったらとんでもないことになる。「私、そのサントリーの社員です」ということになったら、せっかく4社のビールを扱っているというのにそれがかえって仇になる。
 相手はさすがに客商売である。庵主の要求をさりげなく聞き流して「そうですね、スーパードライを好まれるお客様が一番多いですね」と。
 客が選択する際の判断材料となる情報を尋ねたのに、ぜんぜん関係ない返事をされたのでは選びようがないではないか。「答になってない! 」などと声を荒立てることはしない。客に対して弱者であるサービス嬢と喧嘩をするのは本意ではないからである。もし、それをやったらみっともないこと甚だしいからである。
 で、庵主はサービス嬢の返事を無視して「そうですか。では一番搾りをください」と所望し、蓋を開けてくれた缶ビールと袋にはいっているおつまみとプラスチックのコップを受け取ったのである。それに濡れナプキンを付けてくれた。もち、笑顔付き。
 そのプラスチックのコップがちょっと気にいった。薄手のプラスチックで、唇のあたりがいい。それでいて十分な固さがある。ただし深さは蕎麦猪口ぐらいしかないのだが、缶ビールを飲むにはなかなか乙な大きさだったのである。
 もし、その時に紙コップが出てきたら、庵主は躊躇わずガラスのコップを要求していたに違いない。
 そういうイヤミな、おっと、こだわる客もいるのである。機内ではビールなんか出さない方がいいんじゃないかと庵主は思うのである。


★鑑評会出品酒を呑む★16/8/11の酒
 鑑評会の出品酒といえば、きれいなお酒だがうまい酒ではない。それを一度に何本も呑むと、昔オールナイトでやくざ映画の5本立てを見たら、あとからストーリーがこんがらがってしまって、どれがどれだか分からなくなったように、ほとんど個々の印象が残らないという不思議な世界を体験することになる。
 そういう呑み方は贅沢というより、はっきりいって無駄といったほうがふさわしい。すくなくとも、庵主にとっては、量が呑めないのだから、出品酒を何本も味わうということはただただ勿体ないとしかいいようのない呑み方なのである。
 鑑評会のお酒というのが、規定演技なのである。与えられた条件にいかに到達できるかという技を競うお酒なので、みんな同じになって正解なのである。許された範囲を逸脱した個性を出してはいけない。だから、いろいろ呑んでも、みんな同じような印象しか残らないのである。とはいえ、その中で技を出す蔵元があるからおもしろい。
 真夏の夜の余興という感じで庵主は似たり寄ったり掛けてハッタリの鑑評会出展酒を味わったのである。
【参考】呑んだ酒
   初亀 鑑評会出品酒 15BY
  東一 同上
  土佐白菊 同上
  松の司 同上
  上喜元 同上
  いそのさわ 同上
  雑賀 同上
  九平次 同上
  杉錦 同上
  智恵美人 同上


★「大五郎」20度2.7リットルボトル1290円★16/8/4の酒
 焼酎には驚かされる。2.7リットル入りのペットボトルが売られている。4リットル入りのペットボトルもあるから、焼酎飲みは鯨飲のようである。
 2.7リットル入りのペットボトルに入っているアルコール度数20度の「大五郎」は庵主の庵の近くのスーパーでは1290円で売られている。
 醸造アルコールは1キロリットル16万円と聞いたことがある。
 1キロリットルというのは1000リットルだから、1リットルあたりの値段は、160,000円÷1,000リットルで、1リットルあたり160円なのである。
 2.7リットルだとその2.7倍だから、160円×2.7倍で432円となる。 それに酒税が加わって、メーカーと問屋と小売店の利益が上乗せされて1290円だから流通と酒税を合わせて858円といったところか。
 と思ってはいけない。1リットル160円の醸造アルコールは90度なのである。それを20度に水で薄めているのだから、20度の焼酎の値段はその90分の20ということになる。すなわち、160円×20÷90である。35.5円となる。これが1リットルだから、2.7リットルで95.9円である。原価は100円たらずなのである。それを、薬九層倍どころかそれを上回る13倍で売られているのである。
 おっと慌ててはいけない。1キロリットル16万円というのは、中小の蔵元が買うときの値段である。大手の蔵ならそれが13万円ぐらいではいってくる。注文する量が多いからである。
 1キロリットル13万円の醸造アルコールなら、20度の焼酎の原価は78円である。それを1290円で売ったら原価の16.5倍である。
 それを考えたら、甲類焼酎はうまいとは思ってもなんだか馬鹿高いものを買わされているようで酌に、いや癪に触るのである。知らない方がよかった。
 もう一つ付け加えると、1キロリットル16万円の醸造アルコールというのは米アルコールの場合である。モラセスアルコールならもっと安いのである。


★麻原酒造の梅酒★16/8/1の酒
 日本酒の蔵元が作っている梅酒にうまいものがある。その中でも五本指に入る(に違いない)のは埼玉の麻原酒造の梅酒である。麻原酒造の日本酒は「琵琶のさざ浪」である。
 「琵琶のさざ浪」というと滋賀のお酒みたいだが埼玉のお酒である。蔵元の初代が近江の国から埼玉に移ってきてお酒造りを始めたのだという。
 麻原酒造の梅酒のうまさはどこにあるのかというと、必要以上に甘くないのである。そして梅の実の香りと酸味がしっかりと感じられるからである。さっぱりしている。当世風のライト感覚の味なのである。
 その香りはひかえめながら、梅の香りは豊かという不思議な快感をともなって味わえるのがおもしろい。だからつい飲んでしまうのである。
 庵主には、見たときにはおいしそうに思うのだが、実際に口にしてみるとさしてうまくもないというものが三つある。蜂蜜と干しぶどうと梅酒である。
 だが、この梅酒だけは飲んでもおいしいのである。
 リキュールの製造免許をとっているかどうかわからないので、蔵元の名前は秘すが、日本酒でつけた梅酒を飲ませてもらったことがある。辛口の酒と甘口の酒で漬けたその梅酒も味わいの違いがいずれも優雅な味わいだった。
 麻原酒造の梅酒は醸造アルコールで漬けたものである。
 たまたま呑んだ梅酒がまずかったからといって、梅酒はまずいものだと決めつけてはいけないのである。うまい梅酒があるのだから。
 夏場の食欲減退時には、食前に小さいグラスでよく冷えた梅酒を一杯飲むと食欲がわいてくるからうまい梅酒を確保しておくと重宝なのである。