「むの字屋」の土蔵の中にいます
 
平成14年1月の日々一献
★初春大吉末広亭の文治のかわり目★
 初春の寄席は舞台に「初春大吉」とあってにぎやかである。しめ飾り、祝樽、奴凧、繭玉とここだけは気分はお正月である。初席の十日に末広亭にとびこんだ。
 桃太郎の小話はあいかわらずおかしい。開口一番、例によって無表情で空に語りかけるように、「曙が、」といったところからその間合いだけで笑いがこみあげてくる。おかしさを噛みしめて聞いているものだから余計にお腹がよじれるのである。
 東京ボーイズのおかしさも絶妙である。そのネタはずうっーと変わっていないが、いつ聞いてもおもしろい。
 京太ゆめ子のゆめ子さんは美人。その美人がさりげなく楽しいのだから素敵である。
 うめ吉が出てきたときにはその美しさに見とれてしまった。なんとも華のある人である。舞台が花が咲いたようにひときわ明るくなるのがわかる。唄もうまい。声がなんとも艶っぽい。そして踊りの粋なこと、色っぽいこと。踊ることを心から楽しんでいるという気分が伝わってくるのだ。インド映画の「踊るマハラジャ」を見ていると踊りだしたくなるように、ちょいと踊ってみたくなる、そんな気持ちにさせられる踊りである。寄席に華(はな)もいいな、と思うことしきり。
 取りは文治である。
 舞台が 小さくなったように見えた。文治が 大きく見えるのである。
 「お酒はいいものですね」と聞いて、おっ今日はかわり目だなとわかる。枕でさんざん笑わせておいて、話はいつのまにかかわり目に入っている。
 庵主はこの話を何度もきいている。でも聞くたびに面白いのである。おかしいのである。そろそろ聞き飽きてもいい頃なのに、やっぱり文治のかわり目はおかしいのである。聞いていて楽しいのである。心がうるむのである。
 白髪(はくはつ)がきれいな文治のかわり目を聞きながら、文治が醸しだす雰囲気に庵主は酔った。芸とはいえ、話を堪能させてくれる噺家の技はまさに美酒を醸す杜氏の技に似ていると思った。心から酔えるのである。
●14/1/10

★新年を寿(ことほ)ぐ「静ごころ」の樽酒★
 夕暮れの街を歩いていたら、新春の樽酒サービスをうたっているレストランがあった。ふだんは日本酒をおいていない店である。
 見ると酒は静岡県清水市出身の「静ごころ」の菰樽である。
 静岡の酒だからということで、それを呑むために、そのレストランにはいる。
 樽酒である。庵主は普段は樽酒を好まない。そのにおいが嫌いだから。しかしいまはおめでたいお正月である。しかも静岡の酒である。ちょっと味をみてみようという誘惑にかられた。要するにお腹がすいていたのである。
 「静ごころ」の樽酒である。期待どおりのいい酒だった。静岡の酒のうまいこと。今年も自信をもって静岡の酒を勧められるぞという思いを強くした一献である。
 杉のにおいがしなければもっとうまい酒だったろうに。酒の色といい、艶といい、含んだときのまろやかさといい、その甘さといい、酒のうまさを存分に味わうことができる酒である。樽酒なのに。
 しかし、コップに七分目でよかったのである。ところが、日本酒を呑ませることになれていない店だったから、ちょっと大きめのコップになみなみと注いで、しかも受け皿にまで酒があふれているから困るのである。コップの底についた酒がしたたってこの冬のバーゲンセールで買ったばかりのネクタイの上に落ちてしまった。
 こんどからはっきり注文をしよう。「お酒は五勺でけっこうです」「お代は一杯分で請求されてもかまいませんから、量は七分目でお願いします」「それが私にとっては一番おいしく呑める量なものですから」と。
 呑める量を越えたお酒が出てきても勿体ないから。
 そして、「静岡の酒はありますか」と。
●14/1/8

★七草粥★
 「春の七草 【七草粥】 古くからすずしろ・なずな・はこべ・せり・ほとけのざ・すずな・ごぎょうの七種類の葉をその年の邪気を払い万病を除くとして正月七日に食べる年中行事です。」と、北海道で作られた、新潟産コシヒカリ100%使用の「七草がゆ」なる商品に書かれている。
 七草粥である。庵主がその漢字を思い浮かべることができるのは芹と仏の座だけ。植物の名前をひらかなで書かれると漢字が思い出せないのである。漢字がむずかしいから かな で書きましょうというのは困った風潮である。
 「七草がゆ」のパッケージには「フリーズドライ製法だから素材の味をそのままの美味しさでお楽しみいただけます。」と書いてあるから、七草は乾燥野菜だということがわかる。
 紙袋をあけると、おかゆがはいったパックと七草がはいったパックがはいっている。
 「大根(すずしろ)
  かぶ(なずな)
  せり
  なずな
  はこべ
  仏の座
  ごぎょう
  本品 の中で、一部カビのように白く見えるものが
  ありますが、これは「ごぎょう」の葉茎に生えて
  いる綿毛です。安心してお召し上がりください。」
 で、その「春の七草きざみ」パックの製造者が宮坂醸造株式会社なのである。
 宮坂醸造は「真澄」の蔵元である。
 ところで、乾燥野菜の七草を食べても薬効はあるのだろうか。
●14/1/7

★初春の「美丈夫」の「舞」★
 白いコースターにおかれた日本酒グラスの中の「美丈夫」はうっすらと黄色みがかっている。酒の色につやがある。それだけでいい酒の風格をたたえている。見ているだけでおいしい酒なのである。
 静かに口をつける。
 米は松山三井である。「舞」と名付けられた純米吟醸である。
 うまいか。辛口である。舌をなごませてくれる甘さがないもののキレのいい酒である。凜とした酒である。いい酒であるが、庵主の好みではない。庵主が好む酒は最初から甘いと感じる酒だからである。
 と、口に含んでいると、辛口酒のつれない味の上に、ほんのりと「うまい」と感じる味がのっかっているではないか。その味わいがおもしろい。「うまい」を感じて庵主の顔はほころぶのである。「美丈夫」には技がある。
 一粒で二度おいしいというキャラメルがあったが、「舞」は一杯で二つの味が楽しめる酒である。口の中で二つの味が同時に感じられる不思議な酔いを感じながら、今年はどんな酒と出会うのだろうかと思いをはせるのである。
 高知県田野町出身の「美丈夫」は「濱乃鶴」が醸している酒である。松山三井(まつやまみい)で造った「舞」は凜とした味の酒に仕上がっている。酒の品のよさを感じるいい酒である。あとは好みによる。いい酒を呑むと心地よい酔いに包まれる。
 初春の酒亭には華やかな雰囲気がただよっている。まるいコースターに禅と書かれた串焼きの店である。
●14/1/6

★新春早々★
 新しい年を迎えて楽しみなことは、はたして新春になって初めて呑む酒はなんだろうかという期待感である。それはちょうど初詣で運だめしの御神籤をひくような感じである。ワクワクするような、どうでもいいような気持ちである。
 ことしの酒はなかなかだった。吉と出た。
 「国士無双」の限定酒「生酒の中の本当の生酒」である。北海道の新千歳空港の酒屋でめぐりあえた酒である。「国士無双」(こくしむそう)はもちろん北海道の酒で旭川出身のちょっと気になる酒である。その本醸造のさらりと喉を過ぎていく味わいが印象に残っている。
 正月休みをおえて東京に帰る客であふれている新千歳空港の酒専門のお土産屋である。
 「国士無双」は店頭に置かれた冷蔵庫の中に横にして並べられていた。「生酒の中の本当の生酒」をはさんで、にごり酒と本醸造が横になっている。
 「生酒の中〜」は十本たらずしかない。
 土産のお酒を探している若い男の客に中年のおとうさん風の店員がお酒をすすめている。
 「お酒はこのお酒がおすすめです。ぜひ呑んでいただきたいお酒なんです。このお酒は本当においしいお酒です。蔵元でしぼったままのお酒をクール便で送ってきたものなんです。火入れしていないんです。お酒は火入れといって搾ったときに一回温めて醗酵をとめるんです。でもこれは火入れをしていないから、搾ったままで瓶に詰めた本当の生酒なんです。だからおいしいんです。生酒の本当のうまさを味わうことができるお酒なんです」
 若い客は日本酒にくわしくないようで、しかもそのおいしいという生酒のラベルがあまりにも簡素なものだから、酒の品質に不安を感じているようである。
 「ラベルが簡単でしょう。いいお酒を少しでも安くしたいということでラベルにお金をかけていないからお求めやすいんです。いまはデフレの時代ですからそういうところで安くしないと売れないんです。お酒の品質を下げるわけにはいかないからラベルの経費を下げているんです」
 といっても「生酒の中の〜」は四合瓶で1590円である。「冬樹」に匹敵する値段である。
 「このお酒はぜひ2本買ってほしいお酒なんです。あんまりうまいので1本しか買って行かないとすぐなくなってしまいますから、もう一本呑みたいと思ったときにストレスになりますからね。2本買っていけばそういう心配がないんです」
 なるほど、そういわれると2本買ってみたくなるなと感心しながらそばで聞いている庵主。なんとなく2本ほしくなるところがうまい。買うか、買わないかの選択から、2本買っておくべきか、1本だけでもいいかという選択に切り換えているのである。すなわち買わないという選択肢を客の意識からさりげなく排除して、何本買うかの選択を客に迫っているのである。すくなくとも1本は売れるようになっているのである。
 若い男の客は「生酒の中〜」を手にもって買おうか、買うまいか思案している。脇に並んでいる本醸造はどんな酒かと聞いている。
 「こっちの方は本醸造でさらっとした味わいのお酒です。このお酒もおすすめです。私が好きなお酒だからおいしいことはまちがいありません」
 「これはどぶろくみたいなお酒で甘い感じのうまい酒です」とにごり酒を説明している。酒の違いを聞いているぐらいだから、呑んでみなくてはその違いがわかるはずがない。こと酒に関しては庵主のように表示をみればどんな酒質であるかわかる人の方が少ないのである。
 ちょっと味見できませんかと、客が聞いている。
 「味見していただくとそのおいしさがわかるんですけど、このお酒は数が少ないので売場でも一本も呑めないんですよ。でもおいしいことはまちがいありませんから、このお酒は、お酒を造っている今の時期にしか呑めないお酒ですから、いま呑まないとまた来年にならないと手にはいりません。本数もあとこれだけで、今度の入荷はちょうど明日ですからまたはいってきますけど、今日はもうここにあるだけですから。ちゃんと保冷袋に保冷剤をいれておきますのでおいしさをそのままお持ち帰りになることができるようにしておきます」
 そばでそのやりとりを聞いていた若い女の客が「生酒の中の〜」を一本手に取ってお酒の色を見ている。
 「色がなんともなくいいでしょう。瓶が透明だからよくわかると思いますが、ちょっと黄色みがかかっているでしょう。搾りたてのお酒の色はそういう色をしているんです。それが本当のお酒の色なんですよ。本当の生酒というは今の時期にしか手にはないらないんです。ぜひ味わっていただきたいお酒なんです」と女の客に説明している。
 女の客が「じゃ、これください」といってあっさり1本買い求めた。男の客もそれにつられて「じゃ、これにするわ」と決断の一本。そのあと庵主が1本購入ということで、あっという間に3本の「生酒の中の〜」が売れたのである。
 お酒はおいしそうに売りましょう。
 さてその能書きである。「通常の生酒は、出荷時に一回、火入れ(加熱殺菌)をした酒または、ミクロフィルターで酵素を濾し取った酒ですが、このお酒は、火入れも、ミクロフイルターもかけていないまったくの生酒を蔵元から冷蔵直送したものです。」
 酒精18度乃至19度の吟醸酒で、初春にふさわしい爽やかな酒である。よくできた生酒に特有の渋みを感じさせる品のいい味わいを含んでいる。華がある生酒である。
 こいつは春から縁起がいいわい。
●14/1/3