「むの字屋」の土蔵の中にいます
 
平成13年1月から3月までの日乗
★酒で妄想★13/3/31
   小鼓の「仙酒」と「香露」の吟醸を呑んだ。二つの酒は庵主を酔いにいざない、そのせいか妄想がわいたきたのである。
 誰もがあやしいと思っているのにそれを言うと不便になるから黙っていること。
 自動車の排気ガスは癌や花粉症などの健康被害の主因ではないのか。しかし車をやめたらみんな自分も困るからそれを言っても詮方ないので口にしないのだろう。
 オゾン層の破壊が喧伝されているが飛行機の排気ガスが犯人なのではないか。飛行機産業はアメリカのドル箱だから文句をいわせないものがある。
 パソコンのCRT(ブラウン管)は目によくないことがはっきりしているのに、パソコン雑誌は書けません。雑誌の広告主がパソコン屋さんだから。
 デジタル録音の音は、音には違いないが楽音(音楽用の音)として使うには不適切なのではないのか。
 蒸留水は水ではあるが飲み水ではない。飲んでもまずい。99.9%NaClの食卓塩は食塩でなく、かえって体に悪いのと同様にデジタル音も脳に悪影響を及ぼしているのではないか。人がキレやすくなったのもそのせいかもしれない。
 アルコールを加えた日本酒も、たしかに酒には似ているが。


★日々一献★13/3/28
 「何になさいますか」「お酒をいただきます」で日本酒が出てくる。
  花といえば桜(昔は梅だったらしい)のこと、酒といえば日本酒なのである。もっとも、その店はうまい肴でいい日本酒を呑ませる店だから、最初の会話は、ビールから始めますか、日本酒からいきますか、それとも今日は焼酎ですかという三択なので、酒といったら自動的に日本酒が出てくる店なのであるが。
 「今日は三割九分があります」と女将がいう。精米歩合39%の酒のことである。数字からいうと大吟醸にあたる。いい酒がありますよ、ということである。
 三割九分、と聞いてそれが「山口のだっさい」だとわかる。そのことで、「あー、われながらマニアの世界に浸かっているな」と庵主は一人恥ずかしさを感じてしまう。
 「だっさいの三割九分です」と言われて、「獺祭」という字が浮かんでくるからますますいけない。しかしである。その酒の名を聞いて、ためらわず、それ、それがいいとうなずいてしまう。そして期待どおりいいのである。口に含んだ時のそのまろやかな味わいはまさに口中の悦楽であった。日々一献、今日もまたうまい酒を呑んでしまった。


★発泡酒はうまいと思いますか(その一)★13/3/15
 発泡酒と称して売られている安いビールを飲んでうまいと思いますか。
 庵主は「まずい」と思います。「うまくない」でなく、あきらかに「まずい」のです。「うまさ」を求めたビールではなく、「安さ」を追求したビールというのがコンセプト(=商魂)の商品なのでしょう。うまい、まずいをいってもしょうがないか。
 庵主は「モルツ」とか「エビスビール」をうまいと思いません。「うまい」と感じないのであって、まずいビールだとは思いません。ただ、米ぬかビールの味のほうがうまいと思うように舌がならされてしまっただけのことです。しかし、発泡酒はというとたしかに「まずい」。言いなおすなら、その味わいに何かが足りないです。肝心な何かが抜けているのです。
 ビール会社は大丈夫なのでしょうか。会社をあげてわざわざまずいビール作りに力を注ぐというのは少し方向がおかしいのではありませんか。ビール会社にはうまいビールをつくるという自尊心はないのだろうかと心配になってきます。
 庵主はその点で日本酒が好きで良かったと思うのです。日本酒にはうまい酒を作ろうという熱い心があるからです。


★燗の勘どころ(これは序章)★13/3/11
 日本酒を燗で呑むことを覚えて以来、ひょっとして燗酒はうまいのではないかという好奇心から、いま庵主は燗酒にこっている。
 酒を買ってきたら、まずぐらぐら煮立つぐらいの熱燗にして、ふーふーとさましながら呑むのが通例となっている。熱い酒をさましながら呑むのがいいのである。
 たしかに大吟醸の熱燗は味もそっけもなくなってしまうものが多いが、大吟醸のすべてがそうでないから酒は面白い。カンカンの熱燗にしても味が出てくるうまい酒があるのだ。ふつうはぬる燗が無難なようである。
 一方、燗酒として売られている酒がどうにも庵主の口に合わないのだ。庵主の味覚のほうがおかしい可能性は大いにある。それらの燗酒の味わいをうまいと思うことが伝統の味なのかもしれない。しかし、酒のうまい、まずいは呑む人が決めることだというのが庵主の主張である。庵主のおすすめの酒をまずいという人がいても、その味覚はなんらさげすまされるものではない。好みである。
 燗にして庵主がうまいと思う酒がちゃんとあるのだ。燗を売り物にしている酒でもうまくないものはうまくないでいいのである。


★それは別世界の酒である★13/10
   普段飲んでいる日本酒とはちょっと違う味わいの日本酒がこの世に存在している。吟醸酒(ぎんじょうしゅ)である。普通の日本酒が酔いを楽しむ酒だとすれば、吟醸酒は味を楽しむための日本酒である。
 どんな商品でも廉価な普及品はどのメーカーが作っても似たようなものになる。実用的には十分であるが、使って楽しいという遊びのあるものは少ない。高級品になると興味のない人にとってはどうでもいいところに金をかけて造り手の遊び心とこだわり(趣味のよしあし)が表に出てくるから自分の好みにあわせて商品を選ぶ楽しみがでてくる。
 日本酒も同様で、普通の日本酒はどの蔵元が作ってもそれほど違いがでない。(こともないが)。一般的にまずくはないがうまいとは思えない酒が多い。
 吟醸酒はというと日本酒の高級品である。蔵元の個性と杜氏の技が如実に出てくるから自分の好みに合わせて選ぶ楽しみがある。そしてうまい酒が多くなる。
 吟醸酒は普通の酒とは違ってそれは別世界の味である。これを酒と呼んでもいいのかと思うようなえもいわれぬうますぎる味わいに酔うことができる。ある人はそれを「神の一滴」ともいう。


★気になる酒がある★13/3/5
 伊勢丹デパートの酒売り場にあった「黄まんさく」(秋田の「まんさくの花」)がなんとなく気にかかる。720ミリリットルで1250円(税別)。「燗道楽」と張られたラベルにも心ひかれものがある。さりげなく売られているが、ひょっとして有名美酒を圧倒するすごい酒なのではないかという思いを沸き立たせてくれる酒である。きっと期待どおりのうまさを堪能させてくれる酒に違いない、呑まないと一生悔いが残るかもしれないとなぜか黄になるのである。おっと変換ミス、気になるのである。
 銀座くまもと館(銀座の東芝ビルの外堀通りをはさんで向かい側にある)に「菊の城」(きくのしろ)の大吟醸が出ていた。「通潤」、「香露」、「千代の園」など熊本県のなだたる銘酒と冷蔵庫の中に並んでいる「菊の城」は、やっぱり気になる酒なのである。東京でもこの熊本県の物産館でしか手に入らないのではないだろうか。四合瓶で4000円である(税別)。
 しかし、庵主は今日も花粉症で全身にけだるさがただよっているのである。この体調では酒を呑んでも面白くないのがさびしい。


★3月1日に飲む生ビールはなぜまずいのか★13/3/4
 3月1日に生ビールを飲んだ。いつも気にいっている曙橋の店である。ところがこのときは生ビールを口に放り込んだときの、あの「うまい」という感激が少しもわいてこないのだ。少し炭酸ガスが強くて味のバランスがよくないと感じた。味の分析に気が回るようでは生ビールがうまいと思うわけがない。ビールは頭で飲むものではなく、喉で飲むものだから。
 この時期、庵主は酒がうまくないのである。そう庵主は恒例の花粉症の季節に突入したのだ。鼻がつまる。目がかゆい。毎年この頃から5月の連休が明けるまでその症状がつづく。酒を呑んでも体が心から酒を楽しめない状態になってしまう。
 酒がうまいというのは健康なあかしである。呑んでもうまいと感じないときはあえて酒を呑むこともあるまい。
 体が花粉症の対応につきっきりで、酒をうまいと思う余裕すらなくなっているのである。断酒会というのがあって、世の中には酒が仇の人もいることを思えば、酒のうまさを存分に楽しむことのできる庵主は幸せそのものである。だからこの時期は天が与えてくれた酒断ちの季節だと思ってありがたく甘受させてもらうのである。


★「一生青春」★13/2/28
 女杜氏の鈴木明美さんが醸した「一生青春」に出会う。ちゃんと置いてあるんだよね、その店には。150mlで550円での提供。庵主は、例によって120mlの日本酒グラスに八分目で勘弁してもらう。グラスになみなみに注いで受け皿を満たすと150mlとなる。なおこの酒はお向かいの松坂屋デパートでは一升瓶で3000円で売っている。
 さて、女杜氏の酒である。
 さっそく呑ませていただく。一口含む。ごっつい酒である。いまどきの酒は味が洗練されているのがあたりまえだと思っているところに、この味に出会うと、これはすごいと思う。その昔風の味を造り上げる頑固なまでの酒造りが、である。あえて言うなら、レトロな味わいの日本酒でちょっと乙な味が体験できる酒なのである。
 農口尚彦杜氏の山廃純米「益荒男」の粋な味わいや、喜楽長の「天保正一」のモダンな日本酒の味を知っている庵主にとっては、女杜氏の醸す酒は基本に忠実なのだろうか、米の性格をそのまま引き出した正統的な味わいのごっつい酒が多いと感じるのである。男杜氏もかなわない太い味の酒をしっかりとよう造るものだと感心するのである。管見ではありますが。


★どんな酒がうまいかと聞かれたら★13/2/25
 どんな酒がうまいかと聞かれたら、天保正一杜氏の造る酒がうまいと答える。
 その酒が好きだと庵主は答える。もちろん、他の杜氏の酒でもいい。酒は呑む人の好みなのだから。(天保正一杜氏は「喜楽長」の杜氏である。いちどそのおいしさを味わってほしいと思う。)  映画を見るとき、子供は出演しているスターの名前で見に行く。長じると映画監督の名前やシナリオライターの名前で映画にひかれるようになる。そして行くつくとプロデューサーの名前を頼って映画(しゃしん)を見る楽しみを覚える。
 酒もそれに似ているところがある。
 日本酒もいろいろな呑み方がある。はじめは、酒を口にして、純米酒だとか、大吟醸だとか酒の種類によって異なる味わいの違いを覚えるのがまず楽しい。そのうち米だ、酵母だ、に興味が向かう。庵主はその違いが今でもよくわからないのだが。そして行くつくのは蔵元と杜氏の人柄なのである。人にほれて、その酒を呑むのがうれしくなる。
 そう、酒は人が作るのである。


★女杜氏の造る酒★13/2/24
 女杜氏が造った酒を飲みたいと思いますか。
 呑んだことがないのにこういうのもなんですが、 庵主はおっかないと思います。
 あ、こういうことを書いてはいけないのだ。でも、女に造らせた酒を呑むなんて、なんとなく気恥ずかしいと思いませんか。
 酒とか、たばことか、映画なんてのは、昔から不良少年のものだから、女の人にたばこを吸わせたり(JTのことだよ)、酒を造らせるのはいけないことのような気がしてならないのだ。悪いことは男がやるものだ。
 前言訂正。「るみ子の酒」とか「大吟醸 桜子」とか「王紋」とかを結構呑んでいることに気がついたのだ。そういえば、庵主は、その頑固な味に降参し、そのきれいな味わいに落涙し、その一徹な味に蹴散らされたものだった。女の酒はこわい。
 とはいえ、鈴木明美さんが造った酒も呑んでみたいと思う。「一生青春」を。やはり気になる女杜氏の酒である。
 そういえば、酒の売り場にはゆりちゃんの酒があった。「丹山」もあるし、「月の輪」の裕子さんはちゃんと酒を造っているだろうかと、思いは心とうらはらに遠く酒造りに励んでいるだろう女の子のところへと飛んでいく。でも、


★東京・日本橋・三越本店★13/2/19
 日本橋の三越本店の酒売り場。  「菊姫 兵庫産山田錦」四合瓶6000円。「秋津」四合瓶15000円。同じく「龍力」の「上三草」が四合瓶で5000円と、さすが三越である、日本橋の本店である。同じ冷蔵庫には名実ともにお値段にふさわしい日本酒が綺羅星の如く並んでいる。すごい。そのコレクションには圧倒される。  以上、ご報告まで。  さて、その三越で見つけた酒が 吟醸生囲い「篁」(たかむら)である。裏ラベルなし。300ml入りの四角い瓶にはいって780円。一升だと6倍だから4680円と高価な酒であるが、三越本店高価格日本酒コレクションを見たあとでは、一升で5000円の酒なんか安い安いと思ってしまう。  値段のことはさておき、「篁」はなんといっていいのか、上品な味わいの酒で、その酒質のやわらかさにはせつなさが感じられる叙情的な味である。うまいか、と聞かれたら、やっぱり切ない味がするとしか答えられないなんとも微妙な酒なのである。(たよりない味なのだが、なぜか切ない味わいで、いうならば見捨てるにしのびない女の子のような気になる酒なのである)


★復活米ハツニシキ「福乃友 純米吟醸」が出た★13/2/15
 そろそろ「冬樹」は並んでいるかと思って売り場に行ったら、それはまだ入ってなくて、同じ福乃友から復活米ハツニシキを使った無調整しぼりたて生の「純米吟醸」が出ていたので買ってきた。四合瓶で1500円+税。
 かおりがいい。もちろん香りはほのかである。それが実に品のいい香りなのだ。
 その香りのよさにうっとりとしてから、意を決して口に含んでみた。クリーミー、と舌は感じた。ミルクを含んだ時のようなしっとりとしたなめらかな重みを舌は感じる。舌に乗せたときにゼリーのような質感が感じられるのである。炭酸がやわらかくきいているせいかもしれない。庵主の好みに合ういい酒になっている。
 アルコール度数が17度〜18度とあるから、ちょっと高めである。庵主の舌は「冬樹」になじんでからというもの、これぐらいの度数がうまいと感じるようになっている。
 口に合う酒を造ってくれる蔵元の酒をいろいろ呑み比べてみるのは面白い。もっとも、中には好みと違う酒に当たることもあるのだけれど。


★鬱になったら呑む酒★13/2/12
 庵主は鬱の傾向がある。それに気づいているから、気分が落ち込んだときのためにいくつかの回復手段をたくわえている。
 一つは酒、しかもうまい酒でなくてはいけない。喜楽長の「天保正一」を呑む。一口呑んだだけで、ぱあーっと口中にひろがるその華やかな味わいがいい。沈んでいた気分をいっぺんに「うまい」という圧倒的な満足感で上昇気分に変えてくれる。この酒を呑んだらもういつ死んでもいいと思ったら、鬱の気分はとりあえず終わりである。気持ちが無になれば鬱も何もあったものではない。鬱の気分にこだわっている状態が鬱なのだから、心が鬱を忘れたらまずは一段落である。もっとも、生きている限りまたやってくるけれどね。
 一つは中谷彰宏の本である。活字が大きい、すぐ読める。前向きなことばかりで気分が晴れる。
 そして、今日見てきた青山真治監督の「ユリイカ」(上映時間3時間37分)も、時間の流れが庵主の波長にあった心やすらぐいい映画だった。でも庵主が思うには、映画は90分以内がいい。第一それ以上だと、たばこが我慢できないでしょう。それより3時間をこえると、おしっこが我慢できなくなるから。


★「獅子の里 八重樫」★13/2/12
 大吟醸「獅子の里 八重樫」の8年古酒を呑む。ラベルには杜氏八重樫正志とある。
 普通の酒を1年ほど常温でほおっておくと、紹興酒のようなにおいがでてくることがある。庵主にはその味がなじめない。古酒の味わいと称してグレた(既述)日本酒を飲むのなら、最初から紹興酒を飲んだ方がずっといいのではないかと思う。
 紹興酒のように色が褐色となった古酒や熟成酒をどうやって売ったらいいのかというのが日本酒業界の目下の課題となっているが、古酒を味わうための基準が確立されていないので、どのような古酒がうまくて、どのような古酒はまずいのかが呑み手に判断ができないでいるというのが実情である。
 それはさておき、「八重樫」は8年たっても紹興酒のようなにおいと色に無縁の酒である。以前、「世界の花」の5年を呑んだとき、これが古酒ですかと思わず聞き返したように、その酒は年齢を感じさせない呑み口であった。8年の「八重樫」も日本酒の味わいをくずすことなく臈(ろう)たけた味わいを楽しませてくれる。若い酒ではないがその味わいには年の功を感じさせる深い味わいがあるのである。


★十年めの酒★13/2/10
 山形の大吟醸「梅の川 十年の記憶」を呑む。二百石の蔵だという。
 十年古酒である。ところが味が崩れていない。紹興酒のようなにおいがついていない。庵主は、日本酒が年を置くことによってその味に紹興酒のようなにおいが出ることをグレるという。少年が髪の毛を茶色に染めてみたり、たばこを吸ったりして一生懸命自己主張することをグレるというが、紹興酒のようなにおいがついた日本酒を、色が茶髪のように褐色がかってくることから、そして一生懸命他の酒とは違うぞと自己主張しているように思えることから、庵主はそんな酒をグレた酒と呼んでいる。 「十年の記憶」は全然グレていない好青年である。
 しかし、十年の齢(よわい)は酒の味に年降る渋みを感じさせるようになる。渋いというより、枯れた味といったほうがいいのか、舌にほのかな苦みを感じさせる味わいがある。
 この古酒の味わいをなんと表現したらいいのかと思いあぐねて、ふと「臈(ろう)たけた」という言葉が浮かんだ。そう、それは臈たけた味わいなのである。


★日本酒売り場はバレンタインデー★13/2/5
 チョコレート屋さんが切り開いたバレンタインデー商戦に日本酒もちゃっかり参戦している。あの目立つことを潔しとしない控えめな日本酒売り場が、いまはやけに華やかである。女の子の気をひくようなきれいな包み紙で飾られた日本酒はいつもとはちがう晴れの装いである。花が咲いたようでそれだけでもお酒がおいしそう。
 バレンタインデーと書かれたハート型のラベルを飾って、チョコレートをおまけにつけた洒落たボトルにはいったお酒も並んでいる。ウイスキーにチョコレートはいい組み合わせだが、日本酒とは合うのかなと考えてしまう。一度試してみる必要がある。
 「さつま白波」のミニボトルのバレンタイン用パッケージを見つけて、焼酎もなかなかやるなと感心したものだ。チョコレートをもらうより焼酎のほうがありがたいという男の子もいるはずだから、これはこれでいいのかもしれない。
 「チョコとお酒、どっちがいい?」と聞かれたら、庵主は即座に「お酒 」と答える。もっとも、そういってくれる女の子がいないから、聖バレンタインデーにはいつも一人静かに酒を呑んでいるのだが。


★五十年目の酒★13/2/4
 2月の3日に呑んだ酒である。
 岩手の「あさ開」の大吟醸だった。
 いい酒である。品がいい。酒の品がいいというのは、ほのかな吟醸香があって、それが過度に走らず、ことさらうまさを強調することのない味わいの中にしっかりとうまさをたたえている酒のことである。
 水のようにさらりとした酒というほめ方があるが、この酒はそれにあたる。大吟醸だぞ、といった気負いがない。香りに抑制がある。
 そして味はさらりとしている。はじめはうまいとは感じなかった。しかし、まずくはない。酒から味をそこなう部分を取りのぞいたら何のけれんもない味わいが残ったといった風である。
 一合の酒は、中に氷を入れることができるように作られているガラスの徳利に入って出てきた。はじめの味わいがくずれない。二杯、三杯と呑んでいくうちにこの酒がなみなみならぬうまい酒だということがわかってきたのである。いい酒だと思った。

★酒がうまい限定酒辛口純米吟醸「喜楽長」の+14★13/1/31
 +14の日本酒というと、へたすればコチコチの味か、厚みのないしかもうまいとも感じさせない つれない味の酒を庵主は想像する。
 だが、「喜楽長」である。天保正一杜氏の酒である。期待を裏切るわけがないと思ってグラスに鼻を近づけると、なんともいえない吟醸香が酒の性格のよさをたたえているではないか。品があるのがわかる。
 呑んでみる。辛口ではある。しかし+14もあるとは思えない実に切れのいいやわらかい味わいに仕上がっている。この酒、実は庵主が好む甘い酒なのである。だから日本酒度だけで甘辛を判断することはできない。酒は呑んで見なくてはわからないのだ。(と、理屈をつけてやっぱり酒を呑んでしまう。酒呑みのなんといじましいこと、と自戒はしています。)
 こういう酒にめぐりあうとうれしい。味に余裕があるのである。素人が精一杯の声を出してやっと歌っている歌をプロの歌手が余力をもって歌ってもなお素人よりずっとうまいのと同じように、その「うまさ」にまだまだ十分余力のあるうまさなのである。ただ呑んでもうまい、味わえばもっともっとそのうまがわかる酒なのである。


★怖い酒がある「和」★13/1/23
 怖い酒がある。酒が呑めない庵主が呑んでもすいすい呑めてしまう酒である。
 酒は旬(しゅん)に呑むものである。今うまい酒も、呑む時期を間違えると味が変わる。酒は野菜と同じで鮮度のあるうちがうまい。一番おいしい呑み頃をはずすとちょうど干からびた野菜と同じように生きが落ちるのである。味が落ちるのである。
 いま旬の酒で、酒が呑めない庵主がすいすい呑めてしまう怖い酒がある。うまいとは思えないのに、まずくはないから、酔っていても気持ちよく喉元を通りすぎていく酒なのである。
 その酒は精米歩合40%の生酒「和」(かず)である。あの居酒屋「与太呂」(既掲の店)が蔵元に特注して造ってもらった酒である。これがうまい。はじめからうまいと感じさせる酒ではないのだが、しかしいくら呑んでも、いくらでもはいる酒なのである。これはほんとうに怖い酒である。「和」は与太呂で四合瓶で2000円で今なら分けてもらうことができる。
 怖いと書いたが、もちろん怖(うま)いと読むのである。
 そうそうこの酒、燗にしてもいい味が出るのだ。


★初湯温泉の「キンシ正宗」★13/1/20
 新年になって初めての湯船を初湯という。さあ、温泉に行こう。お正月早々、庵主は箱根湯本に向かった。チケットショップで小田急の株主優待券を600円で買って箱根湯本行きの急行に乗る。急ぐ旅ではない。小田原から先は箱根登山鉄道の線路になるので別に300円の運賃が必要であるが、片道900円で温泉が待っている。
 駅を降りると昼時分なので、蕎麦屋に向かう。蕎麦で燗酒である。
 その前に田雅重で山菜わさび漬を求める。いま庵主は山葵にこっている。山葵はたしかに辛いのだけれど、その味にはツーンとくる甘さが含まれているということを知ったのである。その甘さがいい。せつない甘さがいい。
 そば屋で呑んだ酒は「京仕込み キンシ正宗 銀閣」だった。燗を頼んだら一合入りの瓶を温めて出してくれた。700円である。ざる蕎麦で燗酒、最高の組み合わせである。酒がうまい。でもよく見たら蕎麦が700円である。銀座なみである。お正月料金だったのだろうか、酒も蕎麦もちょっと高いんじゃないかい。そんなことも温泉につかっているうちにいい気持ちになってどうでもよくなってしまったのである。温泉はいいわ。


★むらからまちから館に地酒が並んでいる★13/1/15
 有楽町の駅前にある東京交通会館1Fに「むらからまちから館」という全国の町村から特産品を集めて販売しているところがある。
 地酒も売っていて、「獅子の里」「杜の蔵」「琵琶の長寿」などが並んでいる。「月の輪」もあった。そのほかにも東京ではなかなか出会うことのない酒銘を目にすることができできるので見ていてあきない。
 「天鷹」の「心」がある。「七冠馬」、「玉鋼」がある。このへんはまだなじみがある銘柄であるが、茨城の「紬美人」や同じく茨城の手書きラベルがなんとなく気をそそる「富久心」などのなじみのない銘柄の酒は気にかかる。
   で、庵主が買い求めたのは「乳華」(にゅうか)である。能書きは「乳を発酵させたつくったヘルシーなお酒」である。クリーム色の酒で、アルコール度数は8〜9度。ミルクセーキにアルコールが入っているような味わいである。アルコールの気配がないのでさらりと飲める。そのあと酔いが泉がわくようにじわっーと回ってくるのでここちよい。
 でも「発酵」という表記を庵主は好まない。醗酵でなければ酒じゃないよ。


★日本酒は早く呑まなければならない酒である★13/1/14
 庵主は能書きで酒を呑む。だから、酒屋に変わった酒が並んでいるとつい買い求めてしまう。
 一度呑んだことがある酒なら味の見当がつくのではずれということはないのだが、能書きだけで買う酒は冒険である。口に合わない酒だったら呑み切れないのである。もったいない、と思う。そんな酒が数多く庵に残っている。
 もう呑みたいと思うことのない酒が林立している。口を開けたときにうまいと思わなかった酒はふたたび呑むことはない。
 日本酒は空気にふれると確実に味が抜けていくのがわかる。長くとっておくとだんだんおいしくなくなるということである。だから捨てるのは勿体ないと思って残しておいた酒は、庵主は結局はお風呂にいれることになる。
 日本酒のおいしい呑み方は、栓を切ったら早いうちに呑みきってしまうということである。
 今夜は、残っている酒の在庫一掃の酒風呂となりそうである。それもまたよし。


★新春を寿ぐ★13/1/5
 あけましておめでとうございます。
 さて、さっそく酒の話を始めます。庵主のお正月は「満寿泉」(ますいずみ)の大吟醸「寿」が呑み初め。大吟醸の香りがほどよくただよい、格調のあるおちついた味わいの「寿」は、お正月を寿(ことほ)ぐにふさわしい美酒でした。
   でも、大吟醸はうま過ぎるのです。晴れの酒なのです。庵主は大吟醸酒がもったいないと思うようになってきました。ふだんはそんないい酒でなくても十分だと悟ったのです。大吟醸のスキのない味わいよりも、もっと気さくな酒を楽しみたいという思いが強くなってきました。
 一時、大吟醸のおいしさがもてはやされたものの、やがて呑み手は普段は本醸造のような気のおけない酒に戻っていったということもうなずけます。普段は普段の酒、晴れのときには大吟醸と呑み分けができるようになったのです。
 庵主はことしも精米歩合60%でうまい酒をさがして楽しみたいと思っています。とはいっても大吟醸のうまさはやっぱり好きなのです。