「むの字屋」の土蔵の中にいます
 
平成12年7月から9月までの日乗

★農の己々呂(みのりのこころ)純米・キヨニシキ★12/9/25
 有機無農薬米のキヨニシキで醸した純米酒があったので求める。山形の富士酒造が造った「農の己々呂」の生酒である。新宿の京王百貨店で四合瓶1400円(税別)
 キヨニシキの味わいがしっかり出ている。それにつけても新政がキヨニシキをつかって造った「想いの色」(おもいのいろ)の味はいうなれば美女の厚化粧であった。キヨニシキという器量のいい米に厚化粧をほどこしてその魅力をつぶしてしまったような酒である。
 キヨニシキで山田(山田錦のことです)の味を求めてもしょうがないでしょうに。その米が秘めている魅力を引き出すのが酒造りの面白さというものではありませんか。
 「農の己々呂」限定品を呑んで、キヨニシキのあじわいのイメージはおきゃんな娘といったところ。じつはちょっとクドミがある。それをうまくさばくとなんとも気の置けない親しみのあるいい酒になる。たいしてうまくないなと思う寸前にのどをさらりとぬけていく洒落っ気のある酒なのである。
 キヨニシキは、庵主が「おっ、これはキヨニシキだ」とわかる唯一の米なのである。


★「龍勢」大吟醸番外品火入瓶囲生詰に出会う★12/9/14
 「龍勢」(りゅうせい)の大吟醸番外品に出会う。広島の「宝寿」(ほうじゅ)が造っている。祖師谷大蔵の三河屋にその酒はあった。四合瓶で1800円。
 この酒屋は品揃えがすばらしい。酒呑みがやっている酒屋であることがわかるからうれしい。「水芭蕉」がある。「黒牛」がある。「鷹勇」もある。うまい酒を店主が見極めて扱っているという。
 焼酎も気になる銘柄が並んでいたが、いまだかつて焼酎をうまいと思ったことがない庵主にとってはその価値がわからない。
 「龍勢」の大吟醸番外品は味見をさせてもらったものである。酒の味見をさせてもらえる酒屋はありがたい。日本酒は栓をぬいて空気に当てると味は確実に劣化していくものだから、せっかく試飲用に用意しておいても長くおいておくとその酒の本来の味があじわえなくなるというきびしい条件がある。にもかかわらずあえて試飲用の瓶を用意してくれているというは本当にありがたい。
 「龍勢」の大吟醸番外品は酒品のよさが一口でわかるうまい酒である。しなやかな味わいである。ためらわず買い求めた。


★「飛露喜」特別純米無濾過生原酒を呑む★12/9/10
 福島の「飛露喜」(ひろき)を呑む。評判どおりのいい酒だった。
 純米酒であるが、米臭さはない。勝手にできてしまった酒ではない、明らかに手をかけて造った美酒である。味の質が普通酒とよばれている酒とは次元が違うのである。
 酒を呑んでいるという実感がひしひしとわいてくる味わいの酒である。
 ところで庵主は夏の疲れがどっと出て、いま気力が枯れているところだ。いい酒を呑んでも感動が湧いてこないというほどに心が疲れきっている。
 そんな中で呑んだ「飛露喜」であるが、感受性が落ちている状態にもかかわず十分にその酒品のよさが伝わってくる。
 いい酒に出会うと生きていることの喜びがわいてくる。


★いちばんうまい日本酒★12/9/10
 庵主が日本酒はうまいと語ると、いちばんうまい酒はなんですかと返ってくる。
 実は一番うまい酒というのはないのである。冷静になって考えれば、そういう質問は間抜けな疑問であることがわかるのだが、うまい日本酒があるというのならその中で一番うまいのは何だろうと聞いてみたくなる気持ちはよくわかる。
 自動車の話をしていて、では一番いい車はなんですか、とつい聞いてみたくなるのと同じである。車にも乗用車もあればスポーツカーもあるし軽自動車もある。その中で一番いい車はこれだと答えられるだろうか。
 軽自動車の一番いいと思われる車種を挙げることはできるだろうが、その車とクラウンクラスの車種と比べてどっちがいいかは比較できないというものだろう。車の味わいが違うのである。
 日本酒にもランクがあって、大吟醸酒から普通酒までいろいろな造りの違う酒がある。大吟醸のほうがいいことはまず間違いないが、その下のランクの酒でも大吟醸よりうまい酒が現にあるのである。藤原紀香と松嶋奈々子はどっちが一番とはいえないように、日本酒には味わいの違ういい酒がたくさんあるから楽しいのである。


★「新政」の想いの色には思いが足りない★12/9/7
 秋田の「新政」がキヨニシキで純米酒「想いの色」(おもいのいろ)を醸した。キヨニシキは庵主の好きな「冬樹」(純米酒)の原料米である。同じキヨニシキで造った酒なのだから、きっといい味が出ているに違いないと期待するのは当然のことである。「新政」がキヨニシキでどんなどんなワザを見せてくれるのか、呑む前から胸がワクワクする。
 呑んでみる。違う、これは別物だ。「冬樹」が庵主の舌にもたらしてくれる悦楽の世界とは別の味わいである。ただの純米酒である。米くさい。
 酒は、米ではないと思った。思い入れなのだということがわかった。
 「冬樹」のトヨニシキにかける思いは中途半端なものではない。蔵元さんの思いと、杜氏さんの意気込みが醸した味なのだと知った。
 「想いの色」には、たしかに[冬樹」を呑んだときに感じる独特のくどみがあるのがわかる。「冬樹」はワザでそのクドミをうまさに感じさせるのである。新政が14〜15度であるのに対して「冬樹」は18〜19度というのもその隠しワザの一つなのかもしれない。


★大吟醸酒やっぱりうまいのである★12/8/19
 大吟醸酒は従来の日本酒とは違う酒であるという人がいた。庵主もその考え方に頷いた。なぜなら、庵主は普通酒といわれる日本酒は呑めないが、大吟醸酒のうまいものは喉をさらっととおり過ぎていくからである。この二つは違う酒と見た方が適切なのではないだろうかという実感による。
 普通酒が呑めないというのは、うまいと思わないから盃がつづかないのである。一方、大吟醸酒はうまいと思う。こんなにうまいのならもう一杯呑んでみたいと思うのだ。
 兵庫の「福壽」(ふくじゅ)の斗瓶囲い。平成十一年度の酒。庵主好み甘口である。味にやさしさがある。やさしさというのはなめらかさのこと。香りは大吟醸そのものの吟醸香をたたえているがひかえめである。酒のかおりはこれぐらいでいい。
 山形の「米鶴」(よねつる)の大吟醸も期待通りで、キレのいい味が福寿のうまさと違ってまたうまい。
 秋田の「由利政宗」(ゆりまさむね)の大吟醸生酒も評判にたがわぬ美酒であることがわかった。
 またおいしい酒を呑んでしまった。けだるい夏はうまい酒で体がほっとするのである。


★夏の酒。お福酒造がすごい酒を造った(天の巻)★12/8/14
 夏である。この時期の日本酒はむずかしい。生ビールがうまい季節だからである。生(ビール)をぐびぐびと飲むと、庵主はもうそれだけで定量になってしまい、そのあとに酒を呑むことができなくなるからである。
 喉がかわくから、まずはジントニックを飲みたくなる。ライムの甘いかおりがいい。口当たりがいい。それを飲むと次は日本酒ではなく、モルトウィスキーで仕上げたくなる。この時期はモルトウィスキーがいちだんとうまい。夏の暑さには強いアルコール度数が体に涼を感じさせるのだ。
 ところが日本酒を呑むとかえって喉の渇きを感じてしまうのである、この暑さの中では。
 しかし、とうとう夏にふさわしい日本酒が登場した。その酒の呑みやすさは画期的である。日本酒の米の味にこだわらないで、米から涼を感じさせる酒を造りあげたのだから。
 【地の巻につづく】


★夏の酒。お福酒造がすごい酒を造った(地の巻)★ 12/8/14
 新潟のお福酒造がいい酒を造った。純米原酒発泡性「夢和飲」がその酒である。新宿の高島屋デパートの酒売場であつかっている。
 炭酸をきかせた日本酒である。そして超の付く甘口(日本酒度−60と聞いた)でアルコール度数は8度である。これだけを聞いたら、アルコールに弱い女性向けと称して度数を下げた日本酒を思い浮かべるかもしれないが、その手のまずい酒(いや失礼、企画倒れの酒)とは発想が違うのである。「夢和飲」をよく冷やして呑むと、酸味がなんともここちよい。日本酒の味がしない。それでいて純米酒なのだ。ほとんどジントニックのイメージである。
 やっと喉のかわきをいやしてくれる爽やかな日本酒ができた。これを呑むと、やはり米から造られた酒である。体が次にはよくできた日本酒へといざなわれるである。
 (よくできた)吟醸酒の深い味わいは、夏の暑さに疲れた体に張りを与えてくれる。うまい酒は夏のけだるい心にときめきをもたらしてくれるのである。


★夏は日本酒のうまさがよくわかる★12/8/1
 夏は日本酒のうまさがよくわかる。まずい日本酒は、この暑さの中では呑めないである。夏は本当にうまい酒、というより自分の好みにあった酒でないとうまいと思えない季節だからである。日本酒にとって嘘がきかない季節である。
 度数の低いアルコールなら、この季節は生ビールがうまい。体にちょうど心地よい酔いをもたらせてくれる。日本酒の15〜18度といったアルコール度数は中途半端に重いのである。
 しかし、うまい日本酒はたしかにある。この純米吟醸生原酒「花の舞」はまさに庵主好みのうまい酒である。酸味がいい。だから呑みやすいのだ。口に含んだときにロマンがある。「花の舞」は純米酒がうまいと思う。もっとも青い瓶にはいった「青い花の舞」はアルコール度数も13度〜14度で少し軽めながら、しかも味わいまでも軽めになってしまった酒もあるから、「花の舞」のすべてがうまいとはいえないことはいうまでもない。ただ、酒は呑んでみないとわからないからなあ。


★バーで呑む日本酒★ 12/7/18
 バーに行くと洋酒がいっぱい並んでいる。ところが日本酒がないのである。たぶん日本酒は管理が面倒だから置いていないのだろう。
 醸造酒は栓を抜くと空気に触れてすぐ味が落ちていく。日本酒でカクテルを作ってもおいしくない。酒自体がうまいから、バーテンダーはただ酒を注ぐだけなので見せ場がないということにもよるのだろう。
 ところが、冷蔵庫の中に日本酒が入っているバーがあるのである。それもなかなかお目にかかれない酒が。
 東京の土屋酒造の大吟醸「桜子」がその店にはあった。ワイングラスに注がれた「桜子」は、香りがよくたっている。大吟醸酒はグラスで呑んだ方が香りがよくわかるので楽しめるというが、たしかに日本酒のにおいを強く感じる。
 口に含んだら、グラスの中にこもっていた米の酒のにおいは消えて、実にさらりとした水のような酒が味わえた。たしかにいい酒である。でも。


★有機米や無農薬米で造った酒はうまいのか★12/7/12
 高い絵の具を使って描いた絵でも、庵主が描いた下手くそな絵と、たとえぱルノアールが描いた出来のいい絵とでは絵の価値が違うことは明らかである。だれも庵主の絵を買う人はいないだろう。
 有機米とか無農薬米を使って日本酒を造っても、杜氏の腕の違いで差が出てくることは十分想像できることである。
 水にこった酒もある。四国は室戸岬の近くの海で、深い海の底からわいてくるという深層水を使って造られた酒がある。庵主はちっともうまくないと思う。少しも「うまい」がない酒なのである。
 酒のうまいまずいは、いや、自分の口に合うかどうかは呑んでみればすぐわかることである。いくら能書きが立派でもうまくもない酒はやっぱり呑みたくない。
 もっとも庵主は酒の能書きを読むとつい呑みたくなるのだから、やっぱり酒がやめられないのである。