「むの字屋」の土蔵の中にいます
 
平成11年10月から12月までの日乗

★東北泉は本醸造がやっぱりうまい★11/12/24
 「東北泉」(とうほくいずみ)はいい酒である。本醸造がうまかった。吟醸酒などのもっと上のランクの酒も造っているが、本醸造でも十分うまいのである。
 本醸造がうまいと思って満足しているのに、そこは日本酒マニアのいじのきたなさで念のためその上のランクの酒も呑んでみた。あれだけうまい本醸造が造れるのだからわざわさ造るまでもなくその技術力はわかろうというものである。なんとなく品ぞろえのために造られた酒のように思えた。たしかに他の吟醸酒の水準を抜きんでている。でも、本醸造でもすでにはっとするような美人なのだ。その吟醸酒は美人の厚化粧といった印象である。せっかくきれいなものに化粧して、たしかに美しくはなっているが過剰なよそおいに思えたものである。
 ところで、ほんとうに「東北泉」の本醸造はうまかったのだろうなと味の記憶が薄れかかっていたが、とびこんだ居酒屋にちゃんと「東北泉」の特別本醸造がおいてあった。
 他の錚々たる銘酒をさておいて「東北泉」を呑む。うまい。たしかにうまい。庵主の記憶はまちがいではなかった。


★〆張鶴の金はお嬢さん酒★11/12/22
  〆張鶴(しめはりつる)の「金」。大吟醸である。5勺で1,100円だった。ここの店は高い酒を揃えているので多分原価の2倍強での提供だろうと思う。池袋の螢月である。ほたるつき、と読む。でも1升で2万円もするかな、この酒は。
  庵主の好きな〆張鶴がどんな大吟醸を造ったかと興味津々で呑む。まさに思い切った酒を造ってくれました。
  かおりよし。すこぶるよし。切れよし。味は薄情け。うまみなし。とにかくきれいな酒である。まさに心をこめて造られた酒である。手塩にかけてそだてられたお嬢さんのような美しい酒である。けなしているのではない。そういう美人で、いやみのない、そして味わいは薄い酒がある。これを「お嬢さん酒」と呼ぼう。それはそれで一杯だけなら楽しめる。
  一緒にのんだのが静岡の「若竹」(わかたけ)の女泣かせ。5勺のグラスでさらっとはいってしまった。5勺で550円。きっとできのいい酒だったのだろう。印象を覚えるまえにグラスが空になっていたのである。辛口。


★庵主はネギを好む/雪の茅舎は美酒である★11/12/19
 浅草に行ってきた。松屋浅草に「雪の茅舎」(ゆきのぼうしゃ)の純米吟醸があった。秋田美山錦の55%である。
 河村屋という漬物屋があった。ネギの醤油漬けがあった。大粒の辣韮漬けと一緒に買う。庵主はネギが好きである。もり蕎麦のたれにはネギをいっぱいいれる。立ち食いの蕎麦屋でネギが自由に入れられる店では、ネギを2度、3度といれてすっかりたべてくる。
新宿3丁目のラーメン屋「航海屋」は使っているネギがうまい。白美人というネギである。これがうまいのでよく食べに行く。ラーメンはさほどではないのだがそのネギがうまい。
 雪の茅舎は、アルコールを感じさせないやわらかい味の酒である。かすかに純米酒のにおいがあるのでそれは酒とわかる。その絶妙のバランスがいい。酒のようで、水のような気持ちよく酔える酒である。それを河村屋のネギの漬物で呑む。


★その店では/初亀の「亀」★11/12/2
 その店では、席に着くと先付けと一緒にまず吸い物が出てくる。これがうまい。さあこれから酒を呑むぞという気持ちがわいてくる。吸い物を一口すするといよいよ酒が呑みたくなる。出てくる酒の期待が高まる。
 ここでは酒はおまかせである。べつに注文するまでもなく、冷蔵庫に並んでいる酒は錚々たる銘酒ばかりである。主人が吟味して集めた酒ばかりである。主人の思い入れにまかせたほうが面白い。
 「初亀の亀を呑んでみますか」。静岡の酒である。異存はない。あとからカタログをみてみたら一升で12,000円とあった。
 この店では120mlの日本酒グラスを使っているところがいい。店によっては量がわからないグラスを使っているところもある。袴にあふれた酒をグラスについだらほぼ半分。ということは正味で約170mlと見た。
 一杯いくらで商っているかはあえて聞かなかった。一合1,200円の酒だから原価の2倍ぐらいかな。「亀」のうまさに快く酔っぱらってしまって勘定などどうでもよくなってしまったのである。


★静岡の「志太泉」にめぐり会う★11/11/28
 静岡県産の日本酒がうまいということは庵主の経験から繰り返しお伝えしている事実である。うまいというよりもそれぞれの蔵元の個性がはっきりしていて、右へならえの味ではないので、こんどはどんな味が体験できるのかと胸がときめくのである。そして、口に合うか合わないかはべつにして期待どおりの技を楽しませくれる酒なのである。
 銀座で「志太泉」(しだいずみ)の本醸造にめぐり会えた。味に格調がある。品がいい。大手の蔵の、具体的にはお葬式のときにいただいてくる酒のような味がへたっている酒とは比べることもおがましい呑みやすい味である。さすが静岡の酒と納得して呑んだ。
 ところで、この酒がもし新潟の酒の瓶にはいって出てきたら、多分庵主は「美酒である。きれいな酒だ。のどもとをすうっーと流れていくさわやかな酒である。しかしいまひとつ新潟の酒のきれいさが庵主にはものたりないのである」と書きそうである。
 庵主の味覚などはそんなものである。しょせんは他人の舌、あまり文章を信じ過ぎることのないよう、ぜひご自分で味わっていい日本酒のうまさを得心していただきたいと思っている。


★いつも気にしていること★11/11/26
 この頁を埋めながら、いつも気にしていることがあります。それはこのホームページで取り上げている日本酒がほとんど手にいれにくい酒ばかりなので、読みようによっては「どうだ、俺はいつもむこんなにうまい酒を呑んでいるのだぞ」と自慢しているように思えるのではないか、ということです。
 ほんとうは酒の味なんかどうでもいいのです。うまい酒を造ってくれる人に対して感謝の言葉を綴っているだけなのです。ですから、このホームページをグルメの頁だと勘違いされては困ります。お酒に感謝する頁なのです。
 なにごとでも興味をもって求めていれば、それまで目にはいらなかったものが見えてくるようになって、ほしいものは向こうから飛び込んでくるようになります。
 ここで紹介しているおいしい日本酒は、銘柄を羅列するのが目的ではなく、そういう味わいのうまい酒がさがせばありますよという庵主の経験談なのです。
 ある日、うまい日本酒が呑みたいと思ったときに、そんな日本酒があるのだということを思い出していただき酒場の軒下をくぐっていただけたなら幸いです。


★おいしい肴が飛び込んできた★11/11/25
 せんだって、酔っぱらって「おいしい肴で酒を呑みたい」と書いたところ、そのおいしい肴が飛び込んできた。歴史書はどうにもでも書けるというさめた本である。
 鹿島のぼる(のぼるはワープロで書けない漢字)「倭と日本建国史」(新国民社)がそのおいしい肴である。
 日本の古代史は教科書に書かれているものとは違っているようだとは感じていたが、本書によると「古事記」とか「日本書紀」に書かれている歴史は、日本の歴史ではなくて実は朝鮮で起こったことを日本の歴史のように記述した借史だという。
 また、明治政府が明治天皇を擁立して、明治天皇の代から「天皇家は万世一系である」というキャッチフレーズを掲げたところ、当時の歴史学者が政府におもねて神武天皇以来天皇家は万世一系であるという歴史をでっちあげたものだから、次々と発掘される遺跡などからしてもどうにも辻褄があわなくなっているのだという。
 いまどきの歴史学者もいまさら本当のことを言うと自分たちの飯の食い上げになるからお茶を濁しているのである。
 目から鱗の、胸がときめくおいしい肴である。この本が正しいような気がする。


★幻の酒を呑む★11/11/25
 「幻の酒」という魅惑的なキャッチフレーズがあった。「越乃寒梅」がそうよばれていたことがある。多くの酒がひどい造りをしている中で、ごく当たり前の造りをしていた「越乃寒梅」のうまさに気づいた人が少なくなく、評判だけが広まって酒が手にいれにくくなったのである。注文があるのだから沢山造ればもうかりそうなものだけれど、そうはいかないのが酒づくり。味を管理できる以上の量を造るとどうしても酒の質が落ちてくるという世界である。工場でつくる工業製品とはちょっと違うのである、酒は。
 今、幻の酒というのは、その地方で売り切る量しか造っていない蔵元の酒である。わざわざ運賃をかけて東京に運んで売らなくても、地元で売ればそれでやっていけるという蔵元の酒が手に入らない、東京では。
 千葉県野田市の「勝鹿」(かつしか)の「蔵元秘蔵酒 大吟醸」を千葉の人からいただいた。かなりの美酒である。個性のある大吟醸である。その香りは「花薫光」(かくんこう)にも似ていて、水準を越えている。しかも味にさびがあるのがいい。こういう酒がなかなかお目にかかれないのである。まさに「幻の酒」といっていい酒である。


★「天狗舞」の「中三郎」を呑む★11/11/12
 「天狗舞」(てんぐまい)といえば、漫画「美味しんぽ」で取り上げられた酒である。
 新宿西口のヨドバシカメラの裏のビルの地下1階に蔵元の直営店「天狗舞」がある。
 雑誌「サライ」の11月18日号が「杜氏の名を冠した銘酒」という特集を組んでいる。 紹介されているのは次の12の銘柄である。

「高橋良吉」(たかはし・りょうきち 61歳)=「能代」(のしろ)
「佐々木勝雄」(ささき・かつお 65歳)=山形の「東北泉」(とうほくいずみ)
「高綱強の一本」(たかつな・つよし 61歳)=新潟の「白瀧」(しらたき)
  そして、「中三郎」(なか・さぶろう 61歳)=石川の「天狗舞」
「高橋貞實」(たかはし・さだみ 58歳)=静岡の「志太泉」(しだいずみ)
「波瀬正吉」(はせ・しょうきち 67歳)=静岡の「開運」(かいうん)
「天保正一」(てんぽ・しょういち 69歳)=滋賀の「喜楽長」(きらくちょう)
「田村」(たむら・とよかず/田村豊和 64歳)=岡山の「酒一筋」(さけひとすじ)
「滝上秀三」(たきがみ・しゅうぞう 67歳)=静岡の「初亀」(はつかめ)
「白石秋雄」(はくいし・あきお 75歳)=島根の「王禄」(おうろく)
「国重」(くにしげ・ひろあき/国重弘明 63歳)=愛媛の「綾菊」(あやきく)
 「通孝」(いのうえ・みちたか/井上通孝71歳)=香川の「悦凱陣」(よろこびがいじん)

その「天狗舞」の「中三郎」を呑む。
気品のある酒である。酒というより、アルコール飲料という次元を越えた味を体験させてくれる美禄である。はんなりした酒である。口の中いっぱいに広がった至福の味わいは一杯を呑みきるときにはきれいにきえてしまっている、切れのいい酒だった。
うまい酒を呑んだという甘美な記憶だけがかすかに残っていた。


★酔っています★11/11/9
おいしいお酒を呑みたいな
おいしい肴で呑みたいな
おいしい女と呑みたいな
おいしい岩の井呑みたいな

「岩の井」(いわのい)は庵主の好きな酒です。千葉、御宿の酒です。


★北海道にうまい酒があった「国士無双」の本醸造★ 11/11/7
 北海道の酒はむずかしい。なんといっても酒米がとれないのだ。酒米を内地(ないち)から買ってきて酒を造らざるをえないのだ。風土にねざした日本酒が造れない土地なのである。
 いうならばアメリカ人が歌舞伎を演じているようなものである。日本人が見たら違和感を感じないわけにはいかない。北海道の日本酒は違和感の酒なのである。いい酒を期待するするほうが酷というものである。
 もちろん「北海男山の大吟醸」のように水準を越えている酒もあるが、多くは教科書どおりに造られたような真面目な味がするちってもおもしろくない酒なのである。庵主のような日本酒マニアには呑んでいてつまらないのである。
 (なお、いま北海道でも酒米を試験的に造っていて、その米で試験醸造をやっているようである)。  北海道の酒は味がない、というのが庵主の印象である。期待して呑んでもいつも期待にこたえてくれない酒が多いのでそういう印象が定着してしまったのである。北海道の日本酒はむずかしいということは「国士無双のその一」に書いたとおりである。
 ところがちゃんとあったのである。庵主がうまいと思う北海道の酒があったのでうれしくなって報告させていただく。
 この酒は呑めるぞ、声を大にして伝えたい。その酒は、旭川の「国士無双」の本醸造である。
 これはすーっとはいっていく酒である。新潟の「美の川」の「良寛」がそうだった。そして庵主が大分県の日田市の駅前で呑んだ「角の井」の本醸造がそうだった。水のように呑める酒というのはこのような酒を言うのだろうか。酒の呑めない庵主が呑んでいてアルコールの苦痛を感じない実にさわやかな酒なのである。すごい酒だと思う。また呑んでみたくなる酒である。

 後日、北海道にも初雫という酒米があるということがわかった。でも山田錦にはかなわないだろうな。初雫で造った酒を呑んだが、その酒はよくできているがうまい酒を呑んだ時の「うまい」という味覚が感じられなかった。造りのせいか、米のせいかは庵主はには見極められない。



                                               ★滋賀に「松の司」あり★11/10/31
 滋賀の酒「松の司」(まつのつかさ)を呑む。滋賀は甘い酒が好まれるという。庵主好みの味である。しかも杜氏は能登杜氏である。能登杜氏の造る酒を庵主は好む。
 ワインの味わい方に縦飲みと横飲みというのがあるということを読んだことがある。縦飲みというのは、一つの銘柄を製造年で追って飲み比べること。横飲みとは同じ年に造られたいろいろな銘柄のワインを飲み比べることである。
 いまのところ日本酒は縦飲みはできない。古酒をめでる風潮がやっとでてきたところで同じ銘柄の古い酒が手にはいらないからである。
 そこで、当庵では同じ蔵元の造りの違う酒を味わうことを「タテ呑み」と呼ぶことにする。同じ年につくられたいくつかの蔵元の酒を呑み比べることを「ヨコ呑み」という。
 そこで「松の司」のタテ呑みである。6種類を呑んだ。この呑み方ができる機会はなかなかないのだけれど、蔵元の傾向を知ることができるからありがたい。
 滋賀の酒「松の司」のタテ呑み。ぜいたくな酒の呑み方だと思う。
(1)99年製造 大吟醸純米 熊本酵母生 兵庫山田錦40% +5 酸度1.3
  うまい。あまい。このクラスの酒になると、まさに甘露、甘露といったところ。
     口にすることができるだけでもありがたい酒である。
  実は、生酒は最初はうまいと思うのだがすぐに呑みあきる酒である。きち
んと保管されていると 一杯ぐらいなら飽きる前に呑みきってしまうのでうまい
という印象だけが残るのである。
(2)99年製造 特別本醸造 生 滋賀山田錦60% +3 酸度1.4 
  このランクの酒で十分うまいのである。「松の司」のファンの気持ちがわかる。
  酵母は不明。60%まで磨いたら吟醸のラベルを貼ってもいいのだが、ただ単に
特別本醸造としているところが「松の司」の矜持である。
  もちろん(1)の酒と比べると酒質の違いは否めないが、1升2240円と聞いた
らこの酒は呑んで楽しめる庵主好みの酒である。60%でうまい酒というのがいい。
(3)96年製造 山廃純吟「心酔」生 滋賀山田錦50% +5 酸度1.4
「松の司」が山廃を造るのは今年が3年目であるという。
    山廃の酒はたしかに腰の強さを感じる。酸味がはっきりしているせいか、速醸もと
(庵主のパソコンではもとの字がでない)の酒より輪郭がはっきりしている。
  酒がうまければそれで満足してしまう庵主には、あえて山廃を選ぶ理由はないが、
料理との組み合わせではこの酒がいいということはありそうである。
(4)99年製造 純米吟醸 金沢酵母生 滋賀山田錦50% +6 酸度1.3
(5)99年製造 純米吟醸 熊本酵母生 滋賀山田錦50% +5 酸度1.3
    酵母違いの二つの酒である。その違いはというと、金沢酵母は熊本酵母よりアル
コールがしっかりしているのが呑み比べてわかる。日本酒度の違いによるものか。その
違いを造り出すのが金沢酵母の特徴なのか。熊本酵母の(1)の酒の流れである。
(6)96年製造 大吟醸酒 金沢酵母生 兵庫山田錦40% +3 酸度1.4
    3年寝かせた酒である。金沢酵母のアルコールは強いるそのせか、あるいは貯蔵が
しっかりしていたせいなのか、紹興酒のようなにおいはついていない。ただし、ひね香
といっていいのか、長く貯蔵さた日本酒特有の、年を経た味がかすかに感じられる。
  とはいえ、アルコールはしっかり立っている。呑んで充実感の残る酒である。美禄で
ある。

 一つの蔵元の酒をこのように同時に何種類も呑むというのは、その蔵元の特徴を味わうことがでるので酒がいっそう楽しく呑める至福の呑み方である。
 そういう呑み方をどこで楽しむことができるかということについては、当庵の掲示板でご照会ください。


★酔いをさます酒があった★11/10/27
その日、最初に呑んだたった一杯の日本酒に酔ってしまった。呑んだ酒が悪かったわけではない。呑んだのは「正雪」(しょうせつ)の吟醸である。庵主が好きな静岡の酒である。この酒も期待を裏切らないうまい酒だった。ただ、空腹で呑んだものだから酔いの回りが早かった。
居酒屋を出て、酔いをさますためにしばし渋谷の街を歩いてたどりついたのは、とあるバー「Heven」だった。
そこは静かな空間である。カウンターにすわってもまだ「正雪」の酔いが残っている。
すすめられたのは銘柄の知らないアルマニャックだ。1980年のラベルが貼られていた。香りがいい。ふだんならこのにおいだけでも酔えるというのに、今日はなぜかその香りを楽しんでいるうちに酔いがさめてくるのである。体は酔っているはずなのに頭はさえているという不思議な感じの中にゆれていた。
さいごはサクランボのリキュール。その甘さを楽しんでいるうちに酔いはすっかりさめていたのである。


★酔いさます酒があった−−発端★11/10/26
 渋谷にある小さな映画館「ユーロスペース2」で諏訪敦彦監督の「M/OTHER」を見る。ビルの2階にあるその映画館の下に居酒屋「肴家」がある。入口におかれた品書きを見ると、なんと今月のお勧め酒として「月の輪」(つきのわ)がのっているではないか。常置きの日本酒も名だたる美酒が並んでいる。「月の輪」が呑みたいと思って入口の扉をあけた。
  カウンター に座って「月の輪」を注文すると、「今月はありません」という返事。手渡されたその日の品書きには今月のお勧め酒として別の酒が書かれている。
  入口にあった品書きは以前の月のものだったのだ。
 「月の輪」が呑めると思って心高ぶらせて店にはいった気持ちがあっさり肩すかしにあってしばし気持ちの切り替えがきかなかった。
  以前にも、神保町で「雪の茅舎」(ゆきのぼうしゃ)の看板を見て店にはいり、注文したら品切れですと軽くいなされたことがある。そのときも気合がそがれてしばし品書きに目をやっても文字が目にはいらなかったものだ。「雪の茅舎」が呑みたかったのである。


★「花の舞」の特別本醸造生詰★11/10/22
 静岡の「花の舞」の特別本醸造生詰が出た。四合瓶で980円である。銀座の松屋デパートの冷蔵庫の中に並んでいる。
 「花の舞」の純米酒は、もし、めぐり会えたらせび呑んでみてほしいお勧めの酒である。というわけで本醸造も期待して買ってきた。
 磨きは60%、庵主が好きな精米歩合。アルコール度数が19〜20度と高い。添加したアルコールがよくなじんでいて十分うまい。満足する。本醸造、確かに軽いが、この酒にはちゃんと「うまさ」がある。四合瓶で千円で買えるのだからこれはお買い得の酒である。
 値段の高い酒であっても「うまさ」が全然感じられない酒がある。それは心の冷たい美人酒だね。酒の「うまさ」とはその酒の心のあたたかさが感じられるということなのだろう。だからかならずしもランクの上下とは関係ないといえる。値段は安くても「うまさ」がある酒はさがせばある。
 「花の舞」特別本醸造生詰は安いのに「うまさ」がたっぷり味わえるいい酒である。


★庵主が苦手とするもの。その1★11/10/9
 居酒屋で、酒を頼むとグラスが袴をはいて出てくる。小さい升にはいって出てくる。あるいは浅い皿の上に酒器がのって出てくることもある。
 問題はそのあとである。酒をついで、グラスにいっぱいに満たすと、さらにグラスからあふれさせて袴の中にまでこぼれるまでに酒をついでくれる。
 これが庵主は苦手である。グラスの外側に酒がついている。酒がついたグラスを手にするのが好きでない。さらに袴の中の酒につかったグラスは底の部分が酒で濡れていて、下手をすると酒が垂れて卓の上にひたたる。それが嫌である。
   だからいつも、つぎ手にいうのである。「一つだけ注文していいですか。酒はグラスのの八分目までにしてください」と。すると、店の人は「まあまあ、気持ちですからそんなこといわないで、いっぱい召し上がってくださいよ」といいながら、いつもの客にいれる以上に酒をあふれさせるのである。  酒は五勺の庵主には、そんなに量は呑めないってば。


★この店にうまい酒がある/御代栄★11/10/7
 新宿御苑駅の四谷寄りの出口から出て、左を見るとマミー薬局。そこを左に曲がってまっすぐに左側を見ながら3分ほど歩いていくと、うどん屋「藤」(ふじ)がある。
 幻の地酒という張り紙があって、それを頼むと出てくるのが「御代栄」(みよざかえ)。この酒がうまい。いつ呑んでもうまい。庵主がうまいというのは甘口の酒ということである。大吟醸と思われるが、あえて詮索をしたことがない。濃醇にして甘め、生のような味わいで、丹精こめて造られたことがわかる酒である。しかも酒なのにアルコールを感じさせないところがすごい。酒の呑めない庵主にとってはこの酒はありがたい。
 この酒、実は庵主の風邪薬で、庵主が風邪をひいて食欲が減退したときに訪ねていって呑む酒なのである。五目おじやうどんを一緒に食べると体がほんのり温まってきて(酒を呑んでいるのだから温まるのは当たり前だね)全身に元気がよみがえってくるのである。
 思わぬところに、うまい酒はある。


★「夏子の酒」居酒屋はうつろう★11/10/5
 池袋のサンルートホテルの地下にある居酒屋「酔」(すい)は、いい酒が揃っていて安く呑める店として庵主は重宝していた。サラダとアイスクリームが食べ放題の店である。酒量が五勺程度の庵主には、一杯の酒と一皿の菜に仕上げの冷菓という組み合わせがいい。二、三日前に池袋に行った時に寄ってみたら、店の名前が変わっていた。いまは食彩亭(しょくさいてい)という。
 揃っている酒も以前とほとんど変わっていない。それなりの酒が揃っている。しかし何かが物足りないのだ。前の店にあったスリルがないのだ。今度の店では、開運とか磯自慢が呑めるという楽しみがなくなったのである。その手の、おっ! と思う酒をやめてしまったからである。いい店だが、さみしくなった。
 「夏子の酒」(なつこのさけ)を一杯だけ呑んできた。新潟の「清泉」(きよいずみ)の酒である。呑む前のにおいは少し米くさいが、呑むとそれは気にならず酸味があってすっきり呑める酒だった。


★晦日(=月末)になるとうまい酒が呑みたくなる★11/10/1
 月末になると、その月の締めくくりに、ついうまい酒が呑みたくなる。
 「手取川」大吟醸、山廃仕込み。すこし酒が焼けや味がするが、よく冷えているのでそれが気にならない。
 「菊姫」の大吟醸。渋い味がする。庵主のいう「渋い」というのは、生酒のような、おり酒(=濁り酒)のような粕の匂いがすること。それをうまいとするか、味が若いとするかは意見のわかれるところである。
 「白瀑」の一徹蔵は酸味がしっかりしていて呑みやすい。「一徹蔵二年貯蔵」がキャッチフレーズ。二年寝ていても味は紹興酒のようになっていない。酸味がひきたって腰のある元気のいい酒である。  「梅の宿」の古酒、昭和五十七年醸造を呑む。紹興酒のような味になっている。この味を日本酒として認められるかどうかかが評価の別れ道となる。
 「花垣」(はながき)の「七右衛門」(しちえもん)を呑む。以前から気になっていた銘柄であるが、なかなかの味をつくると感心。
 庵主が贔屓の「開運」の、純米吟醸を呑む。今年の「開運」は少し甘すぎるのではないかと思う。

 九月末の酒である。