いま「むの字屋」の土蔵の中にいます


酒販店は宝の山


★赤羽の清水屋/静岡のうまいお酒がそろっています★17/5/1


 赤羽の酒販店「清水屋」(しみずや)である。お店がある場所が庵主には説明できない。
 都営地下鉄赤羽岩淵駅で降りて、セシメ酒店をのぞいてから、そこを出て適当に歩くと出現するお店だからである。
 どこをどうやって歩くとお店にたどり着けるものかその道順を案内することができない。
 JRの赤羽駅から歩いた方がわかりやすいのかもしれないが、その赤羽駅がどっちの方向にあるのか庵主にはよくわからないのである。そういう場所にある酒販店である。

 店の奥にある大型の冷蔵庫の中には「開運」「初亀」「正雪」そして「臥龍梅」と、まず静岡酒がしっかり揃っている。庵主はそれだけで満足する。喜んでしまう。
 こういうお店が近くにあったら宝の山のそばに住んでいるようなものである。たぶんのそのお店の回りにすんでいる人達は、幸せが自分の足元にあることに気がついていないのではないだろうかと思う。
 「菊姫」がある。バックナンバー(8BYとかの古い酒。日本酒でもビンテージというのかな)も並んでいる。
 「七田」とか「富久長」とか「明鏡止水」とかの、「お主、分かっているな」とうれしくなってくるお酒もある。

 「奥の松」の純米酒がある。ナントカコンクールで燗酒一位となった安くうまいとされるお酒である。お買い得酒といおうか。
 中で、どんな味なのか気になったのは、お買い得級の棚に並んでいた千葉の酒で「不動」という酒である。蔵元は鍋店(なべだな)株式会社とある。
 冷蔵庫の中に並んでいる酒が、庵主が見ているだけでホッとする錚々たる酒である。それらのお酒を選んだ人が見つけてきた酒なら「不動」もきっと間違いはない酒にちがいないと期待が高まる。

 清水屋には、試飲用のお酒が何本か用意されている。
 カウンターで「不動」というお酒はどういうお酒ですか、と聞いたみたところ、カウンターにいたお姐さんが、試飲用の瓶があるかもしれないといって、小さい冷蔵庫に入っている試飲瓶を探してくれた。
 「不動」の試飲瓶はなかったが、せっかくだから好きなのお酒があったら味わってみてくださいということになった。
 呑ませてもらったのは、まず「明鏡止水」(期待どおりうまい)である。そして、「天山」(十分水準以上の味)、「正雪本醸造」(かおり十分、酒質に厚みはないがそれがまた料理の味をそこなわないだろうと思われるきれいな味)を呑ませてもらった。
 小さな猪口で呑んだだけなのだが、庵主にはこれだけで酔ってしまうのである。

 見応えのある冷蔵庫だった。並んでいるお酒の一つひとつが「おいしいよ」というオーラを発している。
 これだけのお酒が揃っているいると、見ているだけで庵主の心の内にいい物を目にしているという幸福感が湧いてくる。
 丁度、まともな絵が並んでいる美術館で絵をみているときと同じ感興なのである。
 庵主は、見る酒がすぐ欲しくなってしまう質なので、ほしいものをみんな買ったら呑みきれないことがわかっているから、それではお酒がもったいないので、心を鬼にして手ぶらで帰ろうとしたものの、四合瓶で1260円という「臥龍梅」の備前雄町の誘惑に負けて、一本だけお酒を抱えて帰ってきたのである。

 もちろん、「菊姫」のビンテージや「波瀬正吉」ならば、無条件にうまいことはわかっているが、そんな高いお酒を呑んで喜ぶほどに庵主の美意識はまだ鈍ってはいないのである。
 それに、そういったおいしいお酒は、庵主はすでに味わったことがあるので、そういうお酒はまだ経験したことがない人のために呑んでもらいたいという気持が大きいからである。
 庵主の美意識は、まだ他の人が気がついていない美酒を目指しているということなのである。
 絵でいえば、生前は1枚も売れなかったというゴッホの絵をさがしているようなものである。
 自分の美意識に矜持をもっているのである。
 そして、お金がないから、そんな高いお酒が買えないという現実があるからである。

 お金がある人は、高いお酒といっても、ワインと違って日本酒の場合は買えない金額ではないのだから、ぜひ、いいお酒から呑んでほしいと思う。
 いいお酒を呑むと、日本酒に対する認識が変わることは間違いない。そして、日本酒の世界をもって真剣に味わってみたくなるのである。
 普段呑まされている日本酒とは違う、うまいお酒があることを知ってきっとびっくりするはずである。
 その体験をカルチャーショックを受けると書いては、目黒の清水さんに叱られるかもしれないが。
 お酒のうまさを知ることは身の幸せである。そしてそのうまさを支えることができるのは日本人の感性しかないと思うと、日本酒がいとおしくなるのである。
 俺が呑まなきゃこのうまい酒は滅びることになると。

 ちなみに鍋店株式会社をネットで調べてみたら、なんと「仁勇」の蔵元だった。知らなかったのである。それが分かっていたら、聞くまでもない質問だった。
 「不動」って、どういうお酒ですか。



★船橋東武百貨店酒売場/千葉の酒はここで買う★17/2/17
 船橋の東武百貨店の酒売場がすごいというのはかねてからの評判であるが、なるほどと感心しながら見てきたのである。
 「成政」「竹鶴」「綿屋」など、気になる酒がちゃんと揃っているから、それらの酒の現物を見ているだけで楽しくなるのである。
 芸術品を並べた美術館は、ただ見るだけでも一般的には有料であるが、ここにある芸術品といってもいいお酒を見る分には鑑賞料とか入場料はいらない。しかも美術館と違って、感動を覚えた酒はそれを売ってくれるというのだからたまらない。もっとも庵主は酒が呑めないから買うことはないが、それでもそれぞれの酒をながめているだけで夢が広がるのである。
 ちょうどカメラ屋のショーケースの前でレンズを眺めている男が、それらのレンズをながめながらうっとりしているのと同じである。
 そのうえ、試飲コーナーのおばさまから、「天の戸」と「扶桑鶴」まで試飲させてもらったのである。
 「天の戸」はしっかり、「扶桑鶴」はきれいすぎた。
 千葉の酒が揃っているのがまぶしい。
 「東魁盛」とか「五人娘」とか「長命泉」とかは他ではなかなか見ることはできない。もちろん「東薫」「腰古井」「木戸泉」「甲子正宗」とあって、さらに「岩の井」が並んでいる。
 庵主は「岩の井」に目がいくのである。
 山廃純米一段仕込を買ってきたのである。